草創期 (そうそうき)
【概説】
縄文時代の始まりに位置づけられる最初の時期区分。地球規模の気候温暖化という環境変化を背景に、世界最古級の土器の製作や弓矢の導入が始まり、旧石器時代の移動狩猟生活から縄文時代の定住生活へと移行する過渡期となった時代である。
地球規模の気候変動と生態系の変化
縄文時代草創期は、地質学上の更新世(氷河時代)から温和な完新世へと移行する激動の気候変動期にあたっていた。それまで日本列島を取り巻いていた寒冷な気候が徐々に温暖化へと向かう中、植生や動物相をはじめとする生態系には劇的な変化が生じた。寒冷期に適応していたナウマンゾウやオオツノジカといった大型哺乳類が絶滅へと向かい、代わってニホンジカやイノシシなど、温暖な落葉広葉樹林に適応した中小動物が森林に増加した。
こうした生態系の変化は、人類の生活様式や狩猟技術に根本的な変革を迫ることとなった。従来の大型動物を近距離から突き刺すための槍に代わり、俊敏に動き回る中小動物を遠距離から正確に射止めるための弓矢が考案された。これに伴い、石器の主流も槍先用の石刃から、矢の先端に装着する小型の石鏃(せきぞく)へと変化し、道具の小型化・精巧化が急速に進んだ。
最古の土器の誕生と「煮炊き」の歴史的意義
草創期の最大の特徴は、日本列島における土器の出現である。この時期の土器は、粘土の紐を積み上げて作った器の表面に、補強と装飾を兼ねて粘土紐を貼り付けた隆起線文土器(りゅうきせんもんどき)や、さらに古い段階の無文土器(むもんどき)などが代表例として挙げられる。青森県の外ヶ浜町にある大平山元I遺跡(おおだいやまもとだいいちいせき)からは、約1万6500年前(暦年代)に遡る世界最古級の土器片が出土しており、日本列島における土器文化の起源の古さを裏付けている。
土器の登場は、単に容器が作られたという技術的進歩にとどまらず、人類の食生活に「煮る(煮沸)」という劇的な革新をもたらした。火を用いて食材を加熱調理することにより、それまで生食や焼くだけでは消化できなかった堅果類(ドングリやトチの実など)の毒やアクを抜き、貴重な澱粉源として食用にすることが可能になった。また、動物の肉や魚介類からスープをとって栄養を余すことなく摂取できるようになり、乳幼児や高齢者の生存率を高め、人口の維持・増加に決定的な役割を果たしたのである。
洞窟から竪穴住居へ:定住生活への第一歩
草創期の人々は依然として旧石器時代以来の移動生活の傾向を強く残していた。そのため、この時期の遺跡の多くは自然の風雨をしのげる洞窟や岩陰に形成されている。長崎県の福井洞窟や愛媛県の上黒岩岩陰遺跡などは、旧石器時代から草創期、さらにはその後の縄文時代へと文化が連続していく過程を示す重要な遺跡として知られる。
しかしその一方で、草創期の後半には緩やかな定住化の兆しが現れ始める。鹿児島県の掃除坂遺跡(そうじざかいせき)など南九州地域を中心に、草創期のものとされる竪穴住居跡や、定住を示唆する多量の土器・石器が発見されている。移動生活から拠点的な集落での定住生活へと社会構造が移行していく、その最初のステップがこの草創期に刻まれており、続く「早期」以降の本格的な縄文文化の開花へと繋がっていくのである。