通過儀礼 (つうかぎれい)
【概説】
誕生、成人、結婚、死など、人間の生涯における重要な節目において、社会的な立場や役割の移行を承認するために行われる儀礼。フランスの民俗学者ファン・ヘネップが提唱した概念であり、考古学においては縄文時代の社会構造や精神世界を解き明かす鍵となる考古資料からその実態が跡づけられている。
成人の証明としての「抜歯」風習
縄文時代の通過儀礼を代表する最も具体的な考古学的証拠が、抜歯(ばっし)である。これは健康な永久歯を故意に抜き取る風習であり、縄文時代中期から見られ、後期から晩期にかけて日本列島各地で広く流行した。特に犬歯や門歯がその対象となった。
抜歯が行われた主たる理由は、子供から大人(一人前の共同体メンバー)への移行を示す成人儀礼(イニシエーション)と考えられている。麻酔のない時代に激しい苦痛を伴う抜歯を耐え抜くことは、一人前の狩猟者・採集者としての精神力と肉体的な強靭さを示す試練であった。また、抜く歯の組み合わせの違い(上顎・下顎、犬歯・門歯の別など)によって、その人物がどこの集団に出自を持ち、誰と婚姻関係を結んだかといった社会的属性(既婚・未婚など)を示す一種の身分証明書としての役割も果たしていたことが明らかになっている。
死生観を映し出す最後の通過儀礼「埋葬」
人間にとって「死」とは、現世から他界への移行を意味する最大の通過儀礼であった。縄文時代の基本的な埋葬方法である屈葬(くっそう)は、遺体の四肢を強く折り曲げて埋葬する形態であり、これも当時の死生観や通過儀礼の思想を色濃く反映している。
屈葬の意義については複数の説がある。一つは、死者の遺体を硬く縛る、あるいは重い石を胸に抱かせる(抱石葬)ことで、死者の霊(怨霊)が甦って生者に災いを及ぼすのを防ぐ「死霊の封じ込め」という解釈である。もう一つは、体を丸めた姿勢が母親の胎内にある胎児の姿(胎児姿勢)に似ていることから、死を新たな生命へのプロセスとし、魂の「再生(輪廻転生)」を願う祈りが込められていたとする説である。いずれにせよ、死は単なる終焉ではなく、共同体から神聖な世界へと送る厳粛な通過儀礼であった。
共同体の秩序維持における歴史的意義
縄文時代のような階級差が未発達で、血縁を中心とした平等な共同体(氏族社会)においては、通過儀礼は集団の連帯感を強め、秩序を維持するための不可欠な社会装置であった。儀礼を通じて社会的な役割交代を公認し、世代交代をスムーズに行うことは、厳しい自然環境を生き抜く協働体制の維持に直結していた。
弥生時代に入り、大陸から稲作技術がもたらされて社会が階層化・国家形成へと向かうと、かつての抜歯のような集団全員が一律で行う平等的・呪術的な通過儀礼は衰退していく。代わりに、身分や階級の差を示す装身具や墳墓の規模といった「社会的格差」を示す儀礼へと質的に変化していくことになる。そのため、縄文時代の通過儀礼は、原初の日本人が築いた精神文化の豊かさと、自然と共生する共同体社会のあり方を雄弁に物語る極めて重要な歴史的素材なのである。