楮・三椏・トロロアオイ (こうぞ・みつまた・とろろあおい)
【概説】
江戸時代における和紙(わし)製造の主要な原材料となる植物群。強靭な繊維を持つ落葉低木の楮、繊細で光沢のある繊維を持つ三椏、そして繊維を均一に分散させる粘液「ねり」を抽出するトロロアオイのこと。これらを組み合わせることで、日本独自の高品質な「流し漉き」による和紙の量産体制が確立し、近世の産業・文化に多大な影響を与えた。
日本独自の「流し漉き」を支えた技術と役割
古代中国から伝わった製紙法である「溜め漉き」に対し、中世から近世にかけて日本で高度に発展したのが「流し漉き」である。この技術に不可欠だったのが、アオイ科の一年草であるトロロアオイの根から採れる粘液(「ねり」)であった。楮や三椏といった植物の靭皮(じんぴ)繊維を水の中で均一に浮遊させ、漉き桁(すきげた)を揺り動かして余分な水分を流し去る過程において、トロロアオイの粘液が繊維の急速な沈殿を防ぐ。これにより、薄く、破れにくく、かつ均一な厚みを持つ和紙の生産が可能となった。
原料となる楮は、繊維が太くて長く、絡み合いやすいため非常に強靭な紙(楮紙)となり、大福帳や障子紙、和傘などに広く用いられた。一方、三椏は江戸時代中期以降に栽培が本格化した。繊維が細かく柔軟で独特の光沢を持つため、高級な和紙の原料として重宝された(近代以降は日本銀行券などの紙幣原料としても活用される)。
近世における商品作物の推奨と諸藩の専売制
江戸時代、農業技術の向上や新田開発、さらに本草学(博物学)の進展を背景に、全国各地で地域の気候風土に適した農産物の特産化(商品作物の栽培)が進んだ。楮・三椏・トロロアオイはその代表例であり、米作に適さない山間部の傾斜地などを利用して盛んに栽培されるようになった。
地方の諸藩(特に財政難に苦しむ外様大名など)は、これらの栽培を奨励するとともに、生産された和紙を藩の管理下で強制的に買い上げて大坂や江戸の中央市場に送って現金化する、専売制を敷いた。越前(福井県)の越前和紙、美濃(岐阜県)の美濃紙、土佐(高知県)の土佐和紙などがその好例であり、これらの藩では和紙産業が藩財政(または信用を担保するための藩札の発行)を支える最重要資源となった。
商業社会の発展と近世出版文化の隆盛
楮・三椏・トロロアオイを用いた和紙の増産と流通は、江戸時代に開花した商業社会と町人文化を底辺から支えることとなった。
元禄期(17世紀末〜18世紀初頭)以降、日本全国で商品流通が活発化すると、商人の取引記録や顧客管理に欠かせない「大福帳」をはじめとする帳簿の需要が激増した。また、木版印刷技術の普及に伴い、井原西鶴の浮世草子や松尾芭蕉の俳諧、さらには江戸後期(化政文化期)における草双紙や浮世絵といった庶民向けの印刷・出版物が大量に流通するようになった。水に強く保存性に優れた和紙が安価かつ大量に供給されたことは、世界的に見ても極めて高いとされる江戸の識字率と、豊かな知的・文化的土壌を形成する決定的な要因となった。