流漉

トロロアオイなどの粘液を混ぜた原料を、簀(す)の上に流して揺り動かしながら均等に漉く製紙技術を何と呼ぶか。
カテゴリ:
重要度
★★

流漉 (ながしずき)

奈良時代〜

【概説】
和紙の製造において、原料にトロロアオイなどの粘液(ネリ)を加え、簀(す)の上で揺らしながら均一に繊維を絡み合わせる日本独自の製紙技術。従来の「溜め漉き」に比べて薄く強靭な紙を効率よく生産することを可能にし、日本の紙文化の発展を支えた画期的な技法である。

「溜め漉き」から「流漉」への技術的ブレイクスルー

古代、中国から日本に伝えられた初期の製紙法は、水を張った槽(ふね)の中に原料を溜めて漉き上げる「溜め漉き(ためずき)」であった。この方法は、厚手の紙を作るのには適しているものの、乾燥のプロセスで紙同士が接着しやすいため、1枚ずつ剥がす間に「あて紙」を挟む必要があり、大量生産や薄手の紙の製造には不向きであった。

これに対し、平安時代頃までに日本独自の技術として確立されたのが「流漉(ながしずき)」である。流漉の最大の特徴は、原料である楮(こうぞ)や三椏(みつまた)の繊維に、トロロアオイやサネカズラなどの植物から抽出した粘液である「ネリ」を混ぜ合わせる点にある。ネリを加えることで繊維が水中で沈殿せずに均一に浮遊し、簀の上で原料液を前後左右に幾度も揺り動かすことが可能となった。これにより、繊維同士が複雑に絡み合い、薄く、かつ強靭で破れにくい、均一な厚みを持つ高品質な和紙が誕生することとなった。

江戸時代における地方産業の自立と出版文化の隆盛

流漉の技術は、江戸時代に大きな経済的・文化的意義を持つようになった。近世の日本は、武士から庶民にいたるまで文字の読み書きが普及し、商業取引における「大福帳」や、各種の出版物、日用品としての障子紙や和傘などの需要が爆発的に増加した。これに対応するため、日本各地の農村では農閑期の副業として流漉による和紙製造が活発に行われるようになった。

多くの諸藩は、この流漉による和紙生産を重要な財源と捉え、藩の専売品として指定した。越前(福井県)、美濃(岐阜県)、土佐(高知県)などの和紙ブランドが確立され、藩財政を潤すとともに、全国的な商品流通網に乗って江戸や大坂などの大都市へと供給された。このように、流漉は単なる技術にとどまらず、江戸時代の地方経済を支える基幹産業であり、町人文化(浮世絵や草双紙など)の発展を支える物質的基盤でもあったのである。

和紙文化誌

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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