ガス灯 (がすとう)
【概説】
明治初期の文明開化を象徴する、石炭ガスを燃料とした西洋式の照明器具。1872年に横浜で初めて街頭に設置され、東京の銀座などへ普及して日本の都市景観と夜間生活を大きく変貌させた。
横浜における日本初の点灯と近代化の足音
日本のガス灯の歴史は、1872(明治5)年、実業家の高島嘉右衛門らが中心となり、横浜の外国人居留地および本町通りに十数基を設置したことに始まる。フランス人技師アンリ・プレグランの指導によってガス製造所が建設され、ガス管が敷設されたことで、日本で初めて近代的な街頭照明が誕生した。それまでの行灯や松明といった微弱な光源に頼っていた日本社会にとって、夜の街を白々と照らし出すガス灯の光は驚異的であり、西洋の科学技術の象徴として多くの見物人を集めた。
銀座煉瓦街と「開化絵」にみる都市景観の変貌
横浜に続き、1874(明治7)年には東京でもガス灯が点灯された。とりわけ、1872年の大火後に近代的な不燃都市として再建が進められていた銀座煉瓦街には、多くのガス灯が設置された。西洋風の煉瓦建築とガス灯が織りなす夜景は、明治新政府が進める「文明開化」の象徴的な情景となり、当時流行した錦絵(開化絵)にも数多く描かれた。これにより、都市の夜間における治安維持が向上しただけでなく、人々が夜間にも出歩くという新しい都市型のライフスタイルや商業文化が形成される契機となった。
ガス事業の発展と電灯への移行
ガス灯の普及は、日本の近代産業におけるエネルギー部門の発展を促した。東京での事業は当初、東京府の官営事業(瓦斯局)として始まったが、のちに民営化され、渋沢栄一らの手によって東京瓦斯会社(現・東京ガス)が設立されるなど、民間主導のエネルギー産業へと成長していった。しかし、明治後期から大正時代にかけて、より安全で簡便な電灯(白熱電球)が普及し始めると、照明としてのガス灯は急速にその地位を譲り渡すこととなった。その後、ガスは照明用から熱源(炊事・暖房)へとその主たる役割をシフトさせ、日本の近代化を支え続けることになる。