世尊寺流 (せそんじりゅう)
平安時代中期~
【概説】
藤原行成を始祖とする、平安時代中期に成立した和様書道の一派。宮廷の公式書風として朝廷や公家社会で重んじられ、世尊寺家によって中世末期まで相伝された。
国風文化の隆盛と和様書道の成立
平安時代中期、遣唐使の廃止などを背景に日本の風土や美意識に適合した国風文化が発達する中で、書道の分野においても従来の唐風(中国風)から、日本独自の優美な和様(わよう)の書風が形成された。その先駆者となったのが、小野道風、藤原佐理、そして藤原行成の3人であり、彼らは「三跡(さんせき)」と称される。行成は、道風の調和の取れた書風をより洗練させ、端正で均整の取れた実用的な美しさを備えた書を確立した。行成が建立した寺院「世尊寺」にちなんでこの書風は「世尊寺流」と呼ばれ、貴族社会における書道のスタンダードとなった。
朝廷の公式書風としての伝統と中世への継承
世尊寺流は、行成の子孫によって代々技術と秘伝が受け継がれ、公家社会における「家学」として定着した。行成から数えて8代目の行能の代からは正式に「世尊寺」を家名とし、朝廷の公式文書や宮廷行事で用いられる公式書風(正統な和様書風)として、他を圧倒する権威を誇った。世尊寺流は、室町時代後期に17代世尊寺行季が没して家系が断絶するまで、中世日本の書道界をリードし続けた。その端麗な書風は、後に江戸幕府の公用書風(御家流)となる尊円流(青蓮院流)などにも多大な影響を与え、日本の書道史における基盤を築いた。