狩衣 (かりぎぬ)
平安時代〜
【概説】
平安時代以降に広く定着した、和様の男性用装束の一種。本来は狩猟などの野外活動時に着用する運動性の高い衣服であったが、のちに上級貴族の日常的な私服や、下級役人の公服として用いられるようになった。
機能性を追求した独自の構造
狩衣の最大の特徴は、その高い機能性と運動性にあった。もともと鷹狩りなどの野外活動を目的として作られたため、体を動かしやすい工夫が随所に施されている。身頃(胴体の部分)と袖が完全に縫い合わされておらず、肩の部分が大きくあいている(袖離れ)ため、腕の可動域が非常に広い。また、袖口には袖括(そでくくり)と呼ばれる紐が通されており、状況に応じて袖を絞り上げて活動を妨げないようにすることができた。このように実用性を追求したデザインが、平安貴族の日常的な快適さと合致し、私生活での愛用へとつながっていった。
国風文化の展開と日常着への昇華
平安時代中期以降、遣唐使の廃止などに伴い、中国風の儀礼的な衣服から日本の気候風土や生活習慣に適合した独自の衣文化(国風文化)が急速に発達した。こうした中で、格式高い正装である束帯や衣冠に対し、狩衣は簡略な「私服」としての地位を確立する。上級貴族が私邸でくつろぐ際や、身分を隠して物詣(神社仏閣への参拝)などの外出をする際に好んで着用された。一方で、朝廷の下級官人にとってはこれが正式な勤務服(公服)とされ、着用者の身分や場面によって多様な意味合いを持つ装束として日本服飾史に定着した。