狩衣

元々は狩りなどの野外活動で着られた動きやすい服で、のちに貴族の普段着や武士の正装としても使われた衣装は何か。
カテゴリ:
重要度

狩衣 (かりぎぬ)

平安時代〜

【概説】
平安時代以降に広く定着した、和様の男性用装束の一種。本来は狩猟などの野外活動時に着用する運動性の高い衣服であったが、のちに上級貴族の日常的な私服や、下級役人の公服として用いられるようになった。

機能性を追求した独自の構造

狩衣の最大の特徴は、その高い機能性と運動性にあった。もともと鷹狩りなどの野外活動を目的として作られたため、体を動かしやすい工夫が随所に施されている。身頃(胴体の部分)と袖が完全に縫い合わされておらず、肩の部分が大きくあいている(袖離れ)ため、腕の可動域が非常に広い。また、袖口には袖括(そでくくり)と呼ばれる紐が通されており、状況に応じて袖を絞り上げて活動を妨げないようにすることができた。このように実用性を追求したデザインが、平安貴族の日常的な快適さと合致し、私生活での愛用へとつながっていった。

国風文化の展開と日常着への昇華

平安時代中期以降、遣唐使の廃止などに伴い、中国風の儀礼的な衣服から日本の気候風土や生活習慣に適合した独自の衣文化(国風文化)が急速に発達した。こうした中で、格式高い正装である束帯や衣冠に対し、狩衣は簡略な「私服」としての地位を確立する。上級貴族が私邸でくつろぐ際や、身分を隠して物詣(神社仏閣への参拝)などの外出をする際に好んで着用された。一方で、朝廷の下級官人にとってはこれが正式な勤務服(公服)とされ、着用者の身分や場面によって多様な意味合いを持つ装束として日本服飾史に定着した。

日本の私鉄 京阪 (カラーブックス) (カラーブックス 909)

昭和から平成へと駆け抜けた京阪電車の変遷を、貴重な記録写真と詳細な解説で網羅した鉄道ファン必携の図録。

日本の装束解剖図鑑

平安貴族の華やかな装束から小袖まで、パーツごとの着付けや歴史的背景を美しいイラストで紐解く一冊。

最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

日本史一問一答(ランダム)

Q. 842年、藤原良房が伴健岑や橘逸勢らを流罪にし、恒貞親王を廃太子にして自らの甥を皇太子とした事件を何というか。
Q. 1944年の協定に基づき、IMFや世界銀行を中心として構築された、金とドルを基軸とする戦後の国際通貨・金融体制を何というか?
Q. 1707年に起き、江戸にも大量の火山灰を降らせて甚大な被害をもたらした富士山の噴火を何と呼ぶか。