院
【概説】
平安時代以降における、譲位した天皇である上皇(太上天皇)の御所、および上皇自身を指す敬称。本来は垣を巡らせた特定の邸宅や寺院などの建物を意味する言葉であったが、次第にそこに居住する高貴な人物そのものを指す言葉へと変化した。
語源と意味の変遷――建物から人物の敬称へ
「院」という漢字は、本来「周りに垣を巡らせた立派な建物」を意味していた。平安時代に入ると、退位した天皇(上皇や法皇)の御所を「院御所(いんのごしょ)」と呼ぶようになり、そこから転じて、その住居に住む上皇自身を「院」と呼ぶ敬称が定着した。また、複数の上皇が存在する場合には、その居住地(仙洞御所)の地名を冠して「白河院」や「鳥羽院」などと呼んで区別した。この慣習は、のちの天皇の「追号(崩御したのちに贈られる名)」の多くに「院」が用いられる契機ともなった。
院政期における「院」の政治的・社会的機能
11世紀末に白河上皇が政権を握って以降、天皇の後見人である「院」が国政の主導権を握る院政が展開された。これにより、「院」は単なる退位後の称号に留まらず、天皇(内裏)を凌駕する事実上の最高権力機関としての意味を持つようになった。「院」の周囲には独自の行政・軍事組織である「院庁」や「北面武士」が組織され、中世を通じて日本の政治構造に決定的な影響を与える存在となった。