質地地禁止令(質流し禁令) (しっちじきんしれい(しつながしきんれい)
1722年
【概説】
江戸幕府が1722(享保7)年に発布した、質入れされた田畑がそのまま債権者に渡る「質流れ」を禁止した法令。借金を返済できない本百姓が土地を失って没落するのを防ぎ、年貢の安定収入を維持することを目的とした。しかし、農村における金融停滞を招いたため、わずか翌年に撤回された。
発令の背景と本百姓の保護
江戸幕府は1643年に田畑永代売買禁止令を公布し、農民が土地を失うことを防ごうとしていた。しかし実際には、資金に困窮した百姓が田畑を「質入れ」して金を借り、返済できずにそのまま地主などの債権者に土地が渡る質流れが横行し、事実上の土地売買が常態化していた。これにより、一部の有力者に土地が集中する一方で多くの本百姓が没落し、幕府の基盤である年貢徴収体制に支障をきたすようになった。そこで、8代将軍徳川吉宗が進める享保の改革の一環として、本百姓を保護し農村秩序を維持するために本法令が出された。
農村金融の麻痺と迅速な撤回
この法令では、質入れされた田畑について、元金を返済すればいつでも土地を取り戻せることとし、質流れによる土地の所有権移転を禁止した。幕府としては本百姓の土地を守る意図であったが、金を貸す側にとっては担保としての価値が失われるリスクが生じたため、農民への貸し渋りが急増した。この結果、農民は日々の生活資金や農業に必要な資金すら借りられなくなり、かえって窮乏することとなった。この農村金融の深刻な麻痺を重く見た幕府は、方針を転換し、発令からわずか1年後の1723(享保8)年に同法を撤回した。