群書類従 (ぐんしょるいじゅう)
【概説】
江戸時代後期に国学者・塙保己一が編纂した、日本古代から近世初期に至る一大文献学叢書。全国に散逸していた貴重な古典や古文書、記録などを収集・校訂し、分類・整理して刊行した全666冊に及ぶ出版事業である。
編纂の背景と塙保己一の執念
江戸時代中期以降、戸田茂睡や契沖、さらには賀茂真淵や本居宣長らによって、日本の古代文化や古典を実証的に研究する国学が興隆した。しかし、研究の基盤となるべき古典や史料の多くは、諸大名や社寺、公家などの手元に秘蔵されており、火災や経年劣化によって散逸・消失する危機に瀕していた。
幼少期に失明しながらも学問を志し、賀茂真淵に師事した国学者・塙保己一(はなわほきいち)は、これらの貴重な文献が失われることを深く憂慮した。彼は1779年(安永8年)に一大叢書(コレクション)の編纂を決意し、約40年の歳月をかけて全国から文献を収集。徹底した校訂(テキストの誤りを正す作業)を行い、1819年(文政2年)に『群書類従』全666冊(1270余種を収録)を完成させた。
『群書類従』の構成と歴史的・学問的意義
『群書類従』は、収集した膨大な文献を「神祇」「帝王」「補任」「系譜」「伝記」「官職」「装束」から「武家」「雑」に至る25部門に分類し、系統的に整理している点が大きな特徴である。これにより、政治史だけでなく、制度、有職故実、文学、宗教、風俗など、多角的な日本文化の検証が可能となった。
保己一は幕府の援助を得て、自ら主宰する和学講談所でこの編纂・出版事業を推進した。木版印刷(和学講談所版)によって広く刊行されたことで、それまで一部の特権階級しか閲覧できなかった史料が一般の学者や文人に開放されることとなった。この事業は、日本の文献学・書誌学の近代化を促し、明治以降の近代歴史学および国文学の研究において必要不可欠な基礎史料(学術的インフラ)を提供したという点で、極めて高い歴史的価値を有している。なお、保己一の意志は弟子や子孫に受け継がれ、のちに『続群書類従』の編纂へとつながっていくこととなった。