神話

重要度
★★

神話

【概説】
『古事記』や『日本書紀』(記紀)に記された、神々の系譜や大王(天皇)家による日本列島支配の正当性を説く説話。高天原(たかまがはら)の神々から皇祖である天照大神(あまてらすおおみかみ)を経て、神武天皇による建国へと繋がる一連の物語群である。

「天孫降臨」と王権支配の正当化

日本の古代神話は、単なる口承文学や宗教的なおとぎ話ではなく、ヤマト王権による支配の正当性を論理付けるために、極めて政治的な意図のもとで編纂・統合された。その中核をなすのが「天孫降臨(てんそんこうりん)」説話である。

神話においては、天上界である「高天原」を治める天照大神の孫、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、地上(葦原中国:あしはらのなかつくに)を統治するために日向(ひゅうが)の国に降臨したとされる。この天孫の系譜に連なる人物が、初代天皇とされる神武天皇である。この説話によって、「天皇が日本を統治するのは、天上界の主宰神の意志(神勅)に基づくものである」という、王権の超越的な正当性が主張された。

また、これに先立つ「国譲り(くにゆずり)」神話では、先住の神である大国主神(おおくにぬしのかみ)が天孫に支配権を譲る代わりに出雲大社に祀られる。これは、地方の有力豪族がヤマト王権に従属していく歴史的事実を、神話の次元で合理化・象徴化したものと考えられている。

古墳時代における王権の成長と神話の形成過程

記紀神話が書物として完成したのは8世紀初頭(『古事記』712年、『日本書紀』720年)であるが、その原型は古墳時代(4世紀〜6世紀)におけるヤマト王権の拡大と深く結びついている。

古墳時代中期以降、ヤマトの大王家を中心に豪族(臣・連・国造など)の連合体としての支配体制が構築されていった。この過程で、各大王家や諸豪族は、自らの家系の正当性や地位を誇示するために、祖先とされる神々の系譜(氏神や氏祖)を語り継ぐようになった。これらの伝承は「帝紀(ていき)」や「旧辞(きゅうじ)」と呼ばれる系譜・説話集として6世紀頃(欽明天皇朝など)に整理され始めたとされる。

その後、7世紀の天武天皇の時代になると、壬申の乱(672年)を経て強化された天皇中心の専制的な国家体制(律令国家)に適合するよう、各地の断片的な神話や地方の伝承が、天照大神を頂点とする一元的な皇祖神話へと再編されていった。

国際情勢と日本神話の歴史的意義

記紀神話の成立は、同時代の東アジア情勢とも密接に関わっている。7世紀後半、朝鮮半島の緊迫(白村江の戦いでの大敗)と唐の脅威に対抗するため、日本(倭国)は独自の国家体制を急速に整える必要があった。そこで中国の「天命思想」(不徳の王は天命を失い、王朝が交代するという思想)を拒否し、天皇の血統が永遠に続くとする「万世一系」のロジックを確立するために、記紀神話が利用された。

『日本書紀』では、中国の歴史書(正史)に対抗しうる形式をとることで、日本が中国(唐)と対等な主権国家であることを対外的に示すとともに、国内の諸豪族を天皇のもとに再統合する思想的支柱としての役割を果たしたのである。この神話構造は、その後の日本の政治思想や文化の根底にあり続け、中世の「神国思想」や近代の「国家神道」へと継承・利用されていくこととなる。

古事記 (岩波文庫 黄 1-1)

神話の情景を鮮やかな物語として描き出し、日本人の心の原風景を形作る古典文学の最高峰。

日本書紀 5冊 (岩波文庫)

国家の正統性を主張するために編纂された、日本最古の正史にして壮大な歴史叙述の決定版。

日本史一問一答(ランダム)

Q. 聖徳太子が物部氏との戦勝を祈願して発願し、難波(現在の大阪市)に建立されたとされる寺院はどこか?
Q. 1972年に奈良県明日香村で発見され、極彩色で描かれた四神や「飛鳥美人」と呼ばれる女子群像で有名な壁画は何か?
Q. 645年の蘇我氏打倒のクーデターを契機として始まり、天皇中心の中央集権国家を目指した一連の政治改革を何というか?