牛肉・オレンジ(輸入自由化) (ぎゅうにく・オレンジ(ゆにゅうじゆうか)
【概説】
1980年代における日米貿易摩擦の象徴として、アメリカが日本に対して市場開放を強く迫った代表的な農産物品目。1988年の日米合意を経て、1991年に輸入制限が撤廃され自由化された。日本の農業政策の大転換を促し、国民の食生活にも大きな変容をもたらした画期的な出来事である。
日米貿易摩擦の激化とアメリカの要求
1970年代から1980年代にかけて、日本の急速な経済成長に伴う対米貿易黒字は巨額にのぼり、日米間で深刻な貿易摩擦が巻き起こった。摩擦の対象は、繊維や鉄鋼から自動車、半導体へとハイテク産業にシフトしていったが、アメリカ側は日本の市場閉鎖性を非難する材料として、農産物の市場開放をも強く迫るようになった。その象徴となったのが「牛肉」と「オレンジ」である。
当時、日本は国内の農家を守るために牛肉やオレンジ(みかん)の輸入に厳しい数量制限を設けていた。これに対し、アメリカはガット(GATT:関税および貿易に関する一般協定)への提訴をちらつかせながら、対日赤字の解消と自国農産物の輸出拡大を目指し、日本政府に対して強烈な市場開放圧力を加えた。
国内の対立と1988年の日米合意
日本国内では、安価な外国産農産物の流入によって大打撃を受けることを懸念した国内農家や農業団体(JAなど)が、激しい反対運動を展開した。政治的にも、地方の農協票を支持基盤とする自由民主党の「農林族」議員らが強硬に反対し、日米間の交渉は極めて難航した。
しかし、対米関係の悪化を恐れる政府・財界や、安価な輸入食材を求める消費者世論の高まりもあり、1988年(昭和63年)6月、日米両国は「牛肉・オレンジの輸入自由化」に合意した。これに伴い、1991年(平成3年)4月に牛肉および生鮮オレンジの輸入割当制度(輸入制限)が撤廃されて完全自由化され(関税化に移行)、翌1992年にはオレンジ果汁の輸入も自由化された。
自由化がもたらした影響と歴史的意義
牛肉・オレンジの輸入自由化は、日本の食卓と農業に多大な影響を与えた。市場には安価な米国産や豪州産の牛肉、外国産の柑橘類が大量に出回り、消費者は食肉や果物を安価に購入できるようになり、食生活の洋風化・多様化がさらに進んだ。
一方で、国内の農家は激しい国際競争に直面することとなった。肉牛農家は「和牛」などの高級ブランド化による差別化を模索し、みかん農家はオレンジとの競合を避けるために高級柑橘類(デコポンなど)への品種転換や生産縮小を余儀なくされた。この牛肉・オレンジの輸入自由化は、その後1993年のウルグアイ・ラウンド合意におけるコメの市場開放(部分開放)へと繋がる、日本の農政改革および市場開放政策の重要な分岐点となった。