東京銀行
1946〜1996年
【概説】
第二次世界大戦後の1946年、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指令によって解体された「横浜正金銀行」の残存組織を引き継いで誕生した銀行。1954年の外国為替銀行法制定以降、日本唯一の「外国為替専門銀行」として高度経済成長期の貿易立国日本を金融面から支えた。
横浜正金銀行の解体と東京銀行の発足
太平洋戦争の終結後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は日本の経済民主化と非軍事化を推進し、戦時金融や軍事進出を裏から支えた特殊銀行の解体に乗り出した。その最大の標的となったのが、事実上の政府系外国為替銀行として海外で強大な影響力を持っていた横浜正金銀行であった。同行はGHQにより閉鎖機関に指定されたが、その国内資産や優秀な人材などの大部分を継承し、1946年に新たな民間普通銀行として再出発を図ったのが東京銀行である。
外国為替専門銀行としての役割とその後
東京銀行の大きな転機となったのは、1954年の外国為替銀行法の制定である。これにより同行は日本で唯一の公認「外国為替専門銀行」となり、海外拠点を急速に拡大させて日本の貿易金融の主導権を握った。高度経済成長期には、日本企業の海外進出や外貨資金の調達において他行を圧倒する存在感を示した。その後、1990年代の金融自由化(金融ビッグバン)の流れを受け、1996年に三菱銀行と合併して東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)となり、その長い歴史に幕を下ろしたが、培われた海外ネットワークと高い国際業務ノウハウは現在の日本のメガバンク体制にも深く息づいている。