三公社民営化

中曽根内閣が断行した、日本電信電話公社、日本専売公社、日本国有鉄道の3つの巨大な公共企業体を株式会社化した改革を総称して何というか?
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三公社民営化

1985年〜1987年

【概説】
1980年代の中曽根康弘内閣による行政改革の目玉として、日本電信電話公社(電電公社)、日本専売公社、日本国有鉄道(国鉄)の三つの公共企業体を民間企業へ移行させた政策。巨額の財政赤字の削減や経営の効率化を目的として実行された。戦後の日本経済や公共サービスのあり方を根底から転換させ、その後の新自由主義的な構造改革の先駆けとなった。

背景と中曽根内閣の「戦後政治の総決算」

1970年代の二度にわたる石油危機(オイルショック)を経て、日本経済は高度経済成長から安定成長へと移行したが、その過程で国債発行額が急増し、国家財政は深刻な赤字に陥っていた。このような状況下で1981年に発足した第二次臨時行政調査会(第二次臨調、土光敏夫会長)は、「増税なき財政再建」を掲げて抜本的な行政改革を答申した。

1982年に首相に就任した中曽根康弘は、「戦後政治の総決算」をスローガンに掲げ、この臨調路線を強力に推し進めた。その最大の標的となったのが、非効率な経営や官僚的な体質、さらには巨額の累積赤字が問題視されていた三公社(電電公社・専売公社・国鉄)であった。この動きは、同時代のアメリカにおけるレーガン政権(レーガノミクス)や、イギリスのサッチャー政権(サッチャリズム)が進めていた規制緩和や国営企業の民営化といった、世界的な新自由主義の潮流と軌を一にするものであった。

電電公社と専売公社の民営化(1985年)

三公社のうち、最初に民営化が実現したのは日本電信電話公社(電電公社)と日本専売公社である。これらは1985年(昭和60年)4月にそれぞれ日本電信電話株式会社(NTT)日本たばこ産業株式会社(JT)へと移行した。

電電公社の民営化は、単なる組織変更にとどまらず、電気通信事業への民間企業の新規参入を認める「通信の自由化」を伴うものであった。これにより、第二電電(DDI)などの新規参入が相次ぎ、のちのインターネットや携帯電話の普及につながる通信インフラの高度化と価格競争が促進された。一方、専売公社の民営化は、国の財源確保のために長らく維持されてきた「たばこ・塩」の専売制度を転換するものであり、外国産たばこの輸入自由化など、海外からの市場開放要求に応える側面も持っていた。

最大の難関・国鉄の分割民営化(1987年)

三公社の中で最も困難を極めたのが日本国有鉄道(国鉄)の民営化である。当時の国鉄は、モータリゼーション(自動車の普及)や航空網の発達によるシェア低下に加え、放漫な経営や政治的な思惑による赤字ローカル線の建設により、約37兆円という天文学的な累積債務を抱えていた。さらに、国鉄労働組合(国労)や動労などによる激しい労働運動が頻発し、労使関係は崩壊状態にあった。

中曽根内閣は強い政治的リーダーシップを発揮し、民営化に反対する巨大な労働組合の激しい抵抗を押し切る形で、1987年(昭和62年)4月に国鉄を地域別の旅客鉄道会社6社(JR東日本、JR東海、JR西日本など)と日本貨物鉄道(JR貨物)の計7社に分割・民営化する国鉄分割民営化を断行した。これにより、長年続いた国鉄のストライキ問題は事実上の終結を迎えた。

歴史的意義と日本社会にもたらした影響

三公社民営化は、戦後の日本において長らく国家が担ってきた巨大インフラや公共サービスを、市場原理に委ねる画期的な出来事であった。民営化によって各企業のサービス向上や経営の効率化が図られ、とくに通信・IT分野における劇的な技術革新をもたらしたことは高く評価されている。また、この行政改革を成功させたことは、中曽根内閣が戦後有数の長期政権を維持する最大の原動力となった。

一方で、残された国鉄の巨額債務の多くが最終的に国民の税金(一般会計)で処理されたことや、不採算とされた地方交通線の相次ぐ廃止による地域格差の拡大など、負の側面も残した。さらに、この政策を通じて「官から民へ」というイデオロギーが定着したことは、その後の日本における規制緩和や労働市場の流動化など、現代にまで続く社会構造の変化を決定づける歴史的転換点となった。

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最終更新:2026年6月20日 @ 14:54

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