エンタシス
【概説】
古代ギリシャ建築を起源とし、飛鳥時代の法隆寺金堂や中門の柱に見られる、中央部がゆるやかに膨らんだ円柱の造形様式。視覚的な錯覚を補正して安定感と美観を与える技法であり、ユーラシア大陸を横断した東西文化交渉の象徴的な遺風とされる。
古代ギリシャに発する「錯視」の補正技術
エンタシス(entasis)とは、建築において円柱の中ほど、あるいはやや下部に膨らみを持たせ、上部に向かって先を細く仕上げる技法である。この技法の主な目的は、「錯視(目の錯覚)」の補正にある。直線的で平行な円柱を遠くから見ると、中央部が窪んで細く見えてしまう視覚的特性があるため、あらかじめ中央に膨らみをもたせることで、肉眼で見た際に柱がまっすぐ、かつ力強く垂直に立っているように感じさせる効果を狙ったものである。
この技法は古代ギリシャの神殿建築において高度に発達し、アテネのパルテノン神殿の円柱(ドーリア式)などにその代表例を見ることができる。ギリシャに始まったこの美意識と高度な建築技術は、アレクサンドロス大王の東方遠征を契機として、西アジア、インド、そして中国へと伝播していくこととなった。
シルクロードの終着駅としての「飛鳥文化」と法隆寺
日本においては、7世紀の飛鳥文化を代表する世界最古の木造建築、法隆寺(斑鳩寺)の金堂や中門、五重塔の柱にこのエンタシス(日本建築では「胴張(どうばり)」とも呼ばれる)が見られることで有名である。法隆寺の柱は、中央よりやや下部が最も太く、上下に向かってすぼまっていく独特の曲線を帯びており、建築に重厚感と優美な安定感をもたらしている。
明治時代、日本の建築史学者である伊東忠太は、法隆寺の柱に見られるこの膨らみがギリシャのエンタシスと同源であることを指摘した。これは、ギリシャのヘレニズム文化がシルクロードを経由して中国の南北朝・隋唐の建築に伝わり、朝鮮半島の百済などを通じて飛鳥時代の日本へと伝達されたとする「東西文化交渉説」の有力な論拠となった。飛鳥文化は仏教の伝来とともに、国際色豊かな「ユーラシア規模の文化の終着駅」としての側面を持っており、エンタシスはその象徴的な意匠として歴史的に極めて重視されている。
近年の研究と日本建築における位置づけ
近年の美術史・建築史の研究においては、古代ギリシャのエンタシスが直接的に日本に伝来したとする直線的な伝播論に対しては慎重な見方もある。中国の古典籍や遺跡に見られる「胴張」の技法が直接のモデルであり、それは中国独自の木造建築の発展過程で生まれた、または再解釈されたものとする説も有力視されている。
しかし、どのような経路をたどったにせよ、古代ギリシャの石造神殿に宿る「美しい比率と視覚効果へのこだわり」が、東アジアの木造建築においても「胴張」という共通の美意識として採用され、それが極東の日本(法隆寺)において今日まで完全な姿で保存されている事実は揺るがない。飛鳥時代の工人たちが、大陸からの高度な技術を単に模倣するだけでなく、木材という素材の特性を活かしながら優美な造形へと昇華させた点に、日本史におけるエンタシスの重要な意義がある。