消費税(3%)
【概説】
竹下登内閣のもとで1989年(平成元年)に日本で初めて導入された、商品やサービスの取引に広く薄く課税される税率3%の間接税。直間比率の是正と高齢化社会の財源確保を目的に創設され、以後の日本経済および政局に多大な影響を与えた。
導入の背景と直間比率の是正
1970年代の石油危機以降、日本政府は赤字国債の発行を余儀なくされ、深刻な財政赤字を抱えることとなった。同時に、急速に進行する高齢化社会を見据え、社会保障費の安定的な財源を確保することが急務とされていた。当時の日本の税制は所得税や法人税などの直接税に極端に偏っており(直間比率の不均衡)、サラリーマン層などの給与所得者から「重税感」や「不公平感」への不満が高まっていた。そのため、所得の多寡に関わらず消費活動に対して広く薄く課税する大型の間接税の導入が、1970年代後半から政府・自民党内で模索され始めた。
しかし、大型間接税の導入は国民の激しい反発を伴うものであった。1979年に大平正芳内閣が「一般消費税」の導入を打ち出すも選挙での敗北により断念に追い込まれ、1987年には中曽根康弘内閣が「売上税」法案を国会に提出したが、野党や世論、さらには流通業界などの猛反発を受けて廃案となった。このように、大型間接税の導入は時の政権の命取りになりかねない「鬼門」であった。
竹下内閣による税制抜本改革と消費税の成立
中曽根の後継として1987年に発足した竹下登内閣は、税制改革を内閣の最重要課題と位置づけた。竹下は周到な根回しと野党の一部への妥協策を用いながら、所得・法人税などの大幅な減税とセットにする形で議論を進めた。1988年の国会審議中、政財界を揺るがしたリクルート事件が発覚して国民の政治不信が頂点に達するなか、竹下内閣は強行採決も交えながら税制抜本改革関連法案を成立させた。こうして、1989年(平成元年)4月1日より、日本で初となる税率3%の消費税が導入されたのである。
消費税の導入に伴い、それまで高級品や特定の娯楽用品などに課されていた物品税などの個別間接税は廃止・整理された。消費税は商品の生産、流通、小売の各段階で課税され、最終的に消費者が負担する仕組み(付加価値税)であり、日本の税制史においてシャウプ勧告以来となる戦後最大規模の改革であった。
社会への影響と「マドンナ旋風」
1989年4月の消費税導入後、市民生活には大きな変化が生じた。3%という税率の計算から1円単位の端数が生じやすくなり、造幣局は1円硬貨の製造を急増させた。また、便乗値上げに対する消費者の警戒感も高まり、小売業界はレジシステムの改修や価格表示の変更に追われた。
一方、リクルート事件による政治腐敗の露呈と、消費税導入という国民生活への直接的な打撃は、激しい反自民党の機運を生み出した。竹下内閣は支持率の急落により同年6月に退陣を余儀なくされ、後を継いだ宇野宗佑内閣の下で行われた7月の第15回参議院議員通常選挙では、自民党が歴史的な大敗を喫し、結党以来初めて参議院での過半数を割った。対照的に、消費税廃止を強く訴えた土井たか子委員長率いる日本社会党は、多くの女性候補者を擁立して大躍進を遂げた。この現象は「マドンナ旋風」と呼ばれ、消費税がいかに有権者の強い怒りを買っていたかを象徴する出来事となった。
歴史的意義とその後の展開
消費税は導入当初こそ激しい政治的逆風を受けたものの、その後廃止されることはなく、日本における基幹税としての地位を確立していった。1997年(平成9年)には橋本龍太郎内閣のもとで税率が5%(地方消費税分を含む)に引き上げられ、さらに2014年(平成26年)に安倍晋三内閣で8%、2019年(令和元年)には軽減税率を伴う形で10%へと段階的に引き上げられていった。
1989年の消費税導入は、日本の財政構造を「直接税中心」から「直接税・間接税の均衡」へと転換させる画期的な出来事であった。同時に、その後の歴代政権が常に「社会保障機能の維持」と「増税に対する国民の厳しい審判」の狭間で揺れ動く契機を作ったという意味において、平成時代の日本政治・経済の歩みを決定づけた極めて重要な制度的転換であったと評価できる。