地方自治法
【概説】
日本国憲法の規定に基づき、1947年(昭和22年)に制定された地方公共団体の組織や運営について定めた法律。大日本帝国憲法下における中央集権的な地方統治を改め、首長の公選制や直接請求権などを導入し、戦後日本における行政の民主化と地方分権の基礎を築いた。
戦前の中央集権的な地方統治からの転換
明治時代に山縣有朋らが主導して確立した地方制度(市制・町村制および府県制・郡制)は、国家の統制を地方の末端まで浸透させることを目的とした極めて中央集権的なものであった。当時の府県知事は内務省から派遣される官選(官僚)であり、地方議会の権限も限定的であった。第二次世界大戦後、日本を占領したGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は、軍国主義の温床ともなった強力な中央集権体制を解体するため、地方自治の確立を戦後民主化の最重要課題の一つと位置づけた。
日本国憲法と地方自治法の制定
大日本帝国憲法には地方自治に関する規定が存在しなかったが、1946年に公布された日本国憲法では第8章に「地方自治」の章が新設され、「地方自治の本旨」に基づいて法律で定めることが明記された。これを受ける形で制定されたのが地方自治法である。1947年(昭和22年)4月に公布され、日本国憲法と同じ同年5月3日に施行された。この法律の制定と前後して、戦前の地方行政を牛耳っていた内務省も解体・廃止され、日本の行政機構は根本的な転換を遂げることとなった。
住民自治と団体自治の確立
地方自治法は、「住民自治」(住民の意思に基づいて行政を行うこと)と「団体自治」(国から独立した地方公共団体が自らの責任で行政を行うこと)の二つの原則を具現化した点に大きな歴史的意義がある。最も画期的であったのは、都道府県知事や市町村長といった首長の公選制(住民による直接選挙)が導入されたことである。さらに、地方議会の権限が大幅に強化されたほか、住民が一定数の署名を集めることで条例の制定・改廃や監査を求めたり、首長や議員の解職(リコール)を請求できたりする直接請求権が明文で保障され、地方政治に対する住民の直接的な参加への道が開かれた。
「三割自治」の実態と地方分権改革への歩み
制度上は民主的な地方自治が確立したものの、実際の運用においては国が地方公共団体の首長に対して事務を委任する「機関委任事務」の制度が長らく残置されたため、実質的には国による地方への強力な関与が温存された。地方の自主財源の乏しさも相まって、戦後の地方行政は「三割自治」と揶揄される状態が続いた。しかし、1990年代に入ると地方分権推進論が本格化し、1999年(平成11年)に地方分権一括法が成立して機関委任事務は全廃された。これにより、国と地方の関係は従来の「上下・主従」から「対等・協力」へと改められ、地方自治法も制定以来最大となる抜本的な変革を遂げた。