地方自治の本旨 (ちほうじちのほんし)
【概説】
日本国憲法第92条において規定された、地方自治のあるべき姿を示す根本原則。国家の不当な介入を排して地方独自の意思決定を行う「団体自治」と、地域住民の意思に基づいて行政を行う「住民自治」の二つの要素から構成される、戦後日本のデモクラシーを支える基本理念である。
大日本帝国憲法下の地方制度と戦後改革
明治期に制定された大日本帝国憲法(明治憲法)には、地方自治に関する明文の規定が存在しなかった。当時の地方制度は、内務省を中心とする強力な中央集権体制のもとにあり、府県知事は国から任命される官選官僚であった。市町村長は公選(制限選挙による議会選出など)であったものの、国の地方行政機関としての側面が強く、徹底した官僚統制のもとに置かれていた。このような中央集権体制は、大正デモクラシー期に一部で自治拡大の動きが見られたものの、昭和期の軍国主義・全体主義体制を支える基盤となった。
第二次世界大戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による指導のもと、日本の民主化政策の一環として地方制度の抜本的な改革が行われた。中央集権の打破と権力の分散こそがファシズムへの逆行を防ぐ防波堤になると考えられたためである。これにより、1946年(昭和21年)に公布、翌1947年に施行された日本国憲法において、第8章(第92条から第95条)に「地方自治」の章が新設され、その第92条において「地方自治の本旨」に基づいて法律を定めることが明記された。
「地方自治の本旨」を支える二つの柱
「地方自治の本旨」は、学説上、住民自治と団体自治という相互に補完し合う二つの基本理念から成り立つと解釈されている。
第一の柱である住民自治とは、地方自治が地方住民自らの意思と責任に基づいて行われるべきであるという民主主義的要素である。日本国憲法第93条第2項における、地方公共団体の長(知事や市町村長)および議会議員の直接選挙制、そして特定の地方公共団体だけに適用される特別法の制定における住民投票(憲法第95条)、地方自治法に基づく条例の制定・改廃請求権などの直接請求権がこれに該当する。
第二の柱である団体自治とは、地方公共団体が国から独立した法人格を持ち、国の不当な干渉を受けずに自らの機関によって行政を行うという自由主義・分権的要素である。憲法第94条は、地方公共団体に対して、その財産を管理し、事務を処理し、並びに行政を執行する権能を認め、さらに法律の範囲内で独自の条例を制定できる権能(条例制定権)を保障している。
「三割自治」から地方分権一括法への歴史的展開
戦後、憲法と地方自治法によって「地方自治の本旨」が保障されたものの、実際の行政現場では中央集権的な構造が根強く残った。特に、国が本来行うべき事務を地方首長に委託して処理させる機関委任事務の存在や、国からの補助金(地方交付税や国庫支出金)への依存度の高さから、地方自治は名ばかりの「三割自治」と自嘲的に語られる状況が長らく続いた。昭和40年代から50年代にかけては、公害問題や福祉政策を巡り、革新首長を擁する「革新自治体」が国に先んじた先進的な条例を作るなど、住民自治の観点から独自の模索が行われた。
こうした中、地方自治の本旨を形骸化から救い、名実ともに実現しようとする動きが平成期に本格化する。1999年(平成11年)に成立、翌2000年に施行された地方分権一括法(地方分権推進一括法)により、長年国が地方を支配する手段となっていた機関委任事務が廃止され、国と地方公共団体の関係は「対等・協力」へと再定義された。少子高齢化や過疎化が深刻化する現代の日本において、限られた財源の中で地域独自の課題を解決するために、この「地方自治の本旨」という理念はかつてないほど重要性を増している。