暗黒の木曜日
【概説】
1929年10月24日、アメリカ・ニューヨークのウォール街で発生した株価の大暴落のこと。近代資本主義史上、最大規模の経済不況である「世界恐慌」の始まりを象徴する出来事である。
ウォール街の悲劇と世界恐慌の発端
1920年代のアメリカ合衆国は「狂騒の20年代」と呼ばれる空前の繁栄を謳歌しており、株式市場は投機熱によって実態を伴わない高騰を続けていた。しかし、1929年10月24日の木曜日、ニューヨーク証券取引所で突然株価が急激に下落し、売り注文が殺到するパニックが発生した。市場はパニックに陥り、一日にして巨額の富が消失したこの日は「暗黒の木曜日(ブラック・サーズデー)」と名付けられた。
この大暴落は一過性の現象にとどまらず、翌週の「暗黒の月曜日」や「悲劇の火曜日」へと連鎖し、アメリカ経済に致命的な打撃を与えた。銀行や企業の倒産が相次ぎ、失業者が街に溢れた。アメリカ資本に依存していた欧州諸国をはじめ、世界各国へこの経済危機が急速に波及したことで、史上最大規模の世界恐慌へと発展した。
日本経済への直撃と昭和恐慌への転落
「暗黒の木曜日」から始まった世界恐慌は、昭和初期の日本経済にも決定的な打撃を与えた。当時、日本の濱口雄幸内閣(蔵相・井上準之助)は、緊縮財政によって国内産業を整理し、為替相場の安定を図るために金解禁(金本位制への復帰)を準備していた。しかし、最悪のタイミングで世界恐慌が勃発したにもかかわらず、政府は1930年1月に金解禁を断行した。
この結果、世界的なデフレの波と金解禁による実質的な円高が重なり、日本の輸出産業、特にアメリカ向け輸出の主力であった生糸は壊滅的な打撃を受けた。これが「昭和恐慌」の始まりである。農村では生糸価格の暴落と冷害が重なり、身売りや欠食児童が深刻な社会問題となった。この深刻な経済閉塞は、政党政治に対する国民の不信感を煽り、のちの軍部の台頭や大陸進出(満州事変)へとつながる歴史の転換点となった。