農山漁村経済更生運動 (のうさんぎょそんけいざいこうせいうんどう)
1932年〜
【概説】
昭和恐慌による農山漁村の深刻な疲弊を打開するため、農林省が主導した農村の自力更生運動。国庫補助のもと、各町村に自主的な更生計画を策定・実施させ、経営の安定と農村共同体の再編成を図った。
昭和恐慌と運動の背景
1929年の世界恐慌から波及した昭和恐慌は、生糸の対米輸出急減や米価の暴落をもたらし、日本の農村を破滅的な窮状に陥れた。さらに1931年には東北地方を中心とする冷害・凶作が重なり、欠食児童や娘売りが深刻な社会問題となった。こうした中、激化する小作争議や社会不安を和らげるため、1932年に斎藤実内閣のもとで「時局匡救(きょうきゅう)事業」と呼ばれる土木事業などが実施され、これと並行して農村の根本的建て直しをめざす農山漁村経済更生運動が開始された。
運動の展開と歴史的意義
本運動は、国家による直接的な財政援助に頼るのではなく、農民自身の「自力更生」と隣保相扶の精神を強調した点に特徴がある。農林省は指定した更生特別町村や産業組合(現在の農協の前身)を中心に、生活改善、負債整理、共同利用施設の設置などを進めさせた。この運動は農家経営の破綻を防ぐ一定の効果を上げたが、同時に農民を地域ごとに細かく組織化することとなり、のちの日中戦争期における戦時統制(国家総動員体制)へ農村を動員・統合していくための強固な基盤を形成する結果となった。