輸出入品等臨時措置法 (ゆしゅつにゅうひんとうりんじそちほう)
【概説】
日中戦争の勃発に伴い、1937年に制定された経済統制法。軍需物資の輸入を最優先で確保するため、政府に一般物資の輸出入の制限や禁止、および国内における原材料の配給や使用の統制権限を与えた法律である。
日中戦争の勃発と戦時外貨危機の回避
1937年(昭和12年)7月の日中戦争(支那事変)の開始により、日本経済は急速に戦時体制へと移行していった。戦闘の拡大に伴い、兵器や弾薬の生産に必要な軍需資材(石油、鉄鋼、工作機械、ゴムなど)の大量輸入が急務となった。しかし、当時の日本は外貨(正貨)が慢性的に不足しており、無制限の輸入継続は国際収支の大幅な悪化と円相場の暴落を招く危険性があった。そこで第一次近衛文麿内閣は、限られた外貨を軍需物資の調達に集中させるため、同年9月の第72臨時帝国議会において、資金供給を統制する「臨時資金調整法」と並び、この輸出入品等臨時措置法を成立させた。本法は、不要不急とみなされた民需品の原料輸入を制限・禁止することで、外貨の流出を防ぐことを主たる目的としていた。
民需の圧迫と「スフ」に代表される代用品の強制
この法律の発動により、平和産業(民需産業)は原料不足に陥り、深刻な打撃を被ることとなった。特に、当時の主要産業であった繊維産業において、原料である綿花や羊毛の輸入が極めて厳しく制限された。政府は「綿糸配給統制規則」などを定め、国内向けの綿製品や毛織物の製造・販売を事実上禁止した。この綿糸不足を補うために推奨・強制されたのが、人造繊維であるスフ(ステープル・ファイバー)の混入である。国民は品質の劣るスフ混じりの衣服(国民服など)の着用を余儀なくされ、衣生活の質は急激に低下した。このように、本法は貿易の管理にとどまらず、国民の日常生活に対して物資不足と「耐乏」を強いる直接的な契機となった。
統制経済の本格化と国家総動員法への道石
輸出入品等臨時措置法が果たした歴史的役割は、単なる貿易統制にとどまらない。本法は、輸入制限に伴う国内の原材料配給や、製品の製造・加工・流通に対する広範な政府の命令権を認めていた。これは、従来の自由主義的な市場経済を否定し、国家が経済活動の全般を管理・統制する統制経済(計画経済)へと本格的に舵を切る画期となった。この法律の運用実績や官僚主導の統制手法は、翌1938年(昭和13年)に制定される包括的な総力戦法規である国家総動員法の成立を促す土台となり、日本が泥沼の全面戦争へと突き進む経済システムを決定づけることとなった。