大日本古文書

史料編纂掛が編纂し、奈良時代の正倉院文書や各地の有力な寺社・武家などに伝わる古文書を体系的に整理した史料集は何か?
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重要度
★★

大日本古文書 (だいにほんこもんじょ)

1901年〜

【概説】
東京帝国大学の史料編纂掛(現・東京大学史料編纂所)が明治後期から編纂・刊行を開始した、日本歴史上最大規模の体系的古文書集。古代から幕末に至る膨大な古文書を、所蔵された寺社や公家、武家などの家ごとに分類・整理して収録した史料集である。近代における実証主義歴史学の発展において、研究の基礎となる一次史料を広く提供する極めて重要な役割を果たした。

明治政府の修史事業と実証主義歴史学の確立

明治維新後、近代国家としての体裁を整えるために明治政府は歴史書の編纂に着手した。当初は太政官に設置された修史館(のちの修史局)がその任務を担い、重野安繹久米邦武らを中心として実証的な日本史の構築を目指した。しかし、久米邦武の筆禍事件(「神道は祭天の古俗」事件)などを契機として政府直轄の修史事業は頓挫し、1895(明治28)年にその事業は東京帝国大学へと移管され、のちの史料編纂掛へと引き継がれることとなった。

この組織改編に伴い、主観的な評価が入りやすい歴史叙述の作成から、客観的な「歴史史料の保存と公刊」へと編纂方針が大きく転換された。これにより、歴史学徒が自ら一次史料にあたって厳密な考証を行える環境を整えるため、1901(明治34)年から『大日本史料』とともに公刊が開始されたのが『大日本古文書』である。

「家わけ」「編年」「幕末外国関係」の三つの柱

『大日本古文書』は、その性格や内容によって大きく「家わけ(いえわけ)文書」「編年文書」、そして「幕末外国関係文書」の3つの系統に分かれて編纂されている。

最も規模が大きく、現在も刊行が続けられているのが「家わけ文書」である。これは、特定の寺社(高野山、東寺など)や家系(島津家、毛利家、伊達家などの旧大名家や公家)に伝来した古文書群を、伝来したそのままのまとまり(アーカイブズ)ごとに収録・整理したものである。古文書が持つ本来の文脈や伝来過程を壊さずに公刊するこの手法は、中世・近世の社会構造や政治・経済の実態を解明する上で極めて高い史料価値を有している。

一方、「編年文書」は、主に正倉院に伝わる正倉院文書を中心とした奈良時代の古文書を日付順に整理したものであり、古代史研究に不可欠の基本史料である。また「幕末外国関係文書」は、開国期から明治維新に至る外交史料を編年体でまとめたもので、幕末外交史研究の根底を支えている。

近代歴史学および歴史研究への多大な貢献

『大日本古文書』の公刊は、それまで各地方や社寺、旧大名家などに秘蔵されていて一般のアクセスが極めて困難であった「生史料」を、正確な校訂と翻刻(文字起こし)によって全国の研究者に開放するという、文化史的にも画期的な意味を持っていた。

これにより、主観的な伝承や偏った二次史料に基づく従来の歴史認識が排され、一級史料のクロスチェックによる客観的かつ厳密な実証主義歴史学が日本に根付くこととなった。編年体で事件ごとに史料を並べる『大日本史料』と並び、この『大日本古文書』は、現代においても日本史学界における最も信頼性の高い基本文献・典拠史料として活用され続けている。

大日本史料 第十二編之六十四: 後水尾天皇 元和九年五月-同年六月

江戸初期の朝幕関係を紐解く、詳細な公家日記や記録を編纂した貴重な史料集。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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