宗教改革
1517年〜
【概説】
16世紀のヨーロッパにおいて、マルティン・ルターらによって展開されたキリスト教会の革新運動。ローマ・カトリック教会の腐敗を批判してプロテスタントを生み出し、キリスト教世界を二分するとともに、大航海時代の進展や日本へのキリスト教伝来に決定的な影響を与えた歴史的転換点である。
ヨーロッパにおけるキリスト教界の分裂
1517年、ドイツの神学者マルティン・ルターがローマ・カトリック教会による贖宥状(免罪符)の販売を批判する「九十五ヶ条の論題」を発表したことを端緒に、ヨーロッパ全土で宗教改革の運動が巻き起こった。ルターやスイスのカルヴァンらは、聖書の権威を重んじる聖書中心主義を唱え、従来の教会組織や儀礼を批判した。これにより誕生した新しい宗派はプロテスタント(新教)と呼ばれ、中世以来西欧社会を統合していたローマ・カトリック教会の権威は大きく動揺することとなった。
対抗宗教改革と日本へのキリスト教伝来
プロテスタントの台頭に対抗し、カトリック教会は内部改革と勢力挽回を目指す「対抗宗教改革(反宗教改革)」を開始した。その急先鋒となったのが、1534年に結成されたイエズス会である。彼らは失われたヨーロッパでの基盤を補うべく、アジアをはじめとする海外への積極的な布教活動を展開した。その一員であったフランシスコ・ザビエルが1549年に日本へキリスト教を伝えたことは、まさにこの欧州における宗教改革の余波であった。安土桃山時代における織田信長や豊臣秀吉のキリシタン政策、そして南蛮貿易の展開は、ヨーロッパの宗教対立と密接に結びついていたのである。