自由之理 (じゆうのり)
1872年
【概説】
イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルの名著『自由論』を、啓蒙思想家の中村正直が邦訳・出版した書物。明治初期の言論界や思想界に極めて大きな影響を与え、のちの自由民権運動の理論的支柱となった言論史上の重要史料である。
中村正直による邦訳と刊行の背景
明治維新期、日本は欧米列強に対抗すべく近代国家への脱皮を急いでおり、西洋の学問や思想の導入が不可欠であった。幕臣としてイギリス留学の経験を持っていた中村正直(敬宇)は、帰国後にジョン・スチュアート・ミルの『On Liberty』の翻訳に着手し、1872(明治5)年に『自由之理』として上梓した。本書は、福沢諭吉の『学問のすすめ』や、同じく中村がスマイルズの著作を翻訳した『西国立志編』と並び、文明開化期における最大のベストセラーの一つとなり、当時の知識人や青年層に広く愛読された。
思想史的意義と自由民権運動への影響
『自由之理』は、他者に実害を及ぼさない限りにおいて個人の自由は最大限に尊重されるべきであるという、ミルの「自由の原則」を日本に初めて本格的に紹介した。儒教的な秩序や、明治新政府による「官尊民卑」の風潮が残るなかで、個人の尊厳や言論の自由を主張する本書の思想は画期的なものであった。この思想は、のちに藩閥政府の専制を批判し、国会開設や基本的人権の確立を求めて立ち上がる自由民権運動の活動家たちにとって、強力な理論的武器として機能することとなった。