尊王攘夷派

幕末期、天皇を尊ぶ思想と外国勢力を排除する思想を結びつけ、倒幕運動へと進んでいった勢力(派閥)を何というか?
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尊王攘夷派 (そんのうじょういは)

1853年 – 1868年

【概説】
幕末期において、天皇を絶対的な権威として尊ぶ「尊王論」と、外国勢力を武力で打ち払う「攘夷論」を結びつけた思想を掲げ、政治運動を展開した勢力。ペリー来航による対外危機を契機に台頭し、幕府の専制的な外交政策を批判する形で反幕府運動へと発展し、やがて武力倒幕と明治維新を成し遂げる最大の原動力となった。

思想の源流と「尊王攘夷」の結びつき

「尊王(尊皇)」と「攘夷」は、もともとは別個の思想であった。尊王論は、朱子学の大義名分論や本居宣長らの国学、さらには『大日本史』の編纂を通じて培われた水戸学などを背景に、天皇を日本の本来の主権者として尊崇する思想である。一方の攘夷論は、東アジア伝統の華夷思想(自国を中華とし、他を野蛮な夷狄と見なす思想)や、18世紀後半からのロシア・イギリス船の接近に伴う海防論を契機として生まれた排外思想であった。

この二つの思想を理論的に結びつけたのが、会沢正志斎や藤田東湖らを中心とする後期水戸学である。彼らは「外圧の危機(外患)は、国内の道徳的退廃や体制の弛緩(内憂)と表裏一体である」と説き、天皇への忠誠を中心にして国内の意思を統一し、外国の脅威に立ち向かうべきだと主張した。1853年のペリー来航とそれに続く開国は、日本の独立が脅かされるという未曾有の危機感を知識人層や下級武士に抱かせ、吉田松陰などを通じて「尊王攘夷」の思想は全国の志士たちへと熱狂的に広がっていった。

政治運動の激化と幕府との対立

尊王攘夷派が具体的な政治勢力として台頭する契機となったのは、1858年の日米修好通商条約の無勅許調印である。大老・井伊直弼が孝明天皇の勅許を得ずに条約調印を強行したことは、「天皇の意思を無視して夷狄に屈した」として尊王攘夷派の激しい憤激を買った。これに対し、井伊は安政の大獄によって吉田松陰や橋本左内ら尊攘派や一橋派の志士・公家を過酷に弾圧したが、その結果、1860年に水戸・薩摩の脱藩浪士らが井伊を暗殺する桜田門外の変が勃発し、幕府の権威は大きく失墜した。

その後、尊王攘夷派は長州藩や急進的な公家(三条実美など)と結びつき、京都を拠点に活動を過激化させた。「天誅」と称する暗殺劇が頻発し、1863年には孝明天皇から幕府に対して「攘夷実行の勅命」を引き出すことに成功する。しかし、同年の八月十八日の政変によって、公武合体派の会津藩や薩摩藩の手で長州藩と尊攘派公家は京都から追放され、翌1864年の禁門の変(蛤御殿の変)での敗北により、急進的な尊王攘夷運動は一時的な壊滅状態に陥った。

武力攘夷の挫折と「開国倒幕」への転換

尊王攘夷派にとって最大の転機となったのは、実際に西洋列強と砲火を交えた経験であった。1863年に薩摩藩がイギリス艦隊と戦った薩英戦争、そして1864年に長州藩が英仏蘭米の四国連合艦隊から報復攻撃を受けた四国艦隊下関砲撃事件である。両藩はこの戦闘を通じて、西洋列強の圧倒的な軍事力と近代兵器の威力を痛感し、「盲目的な武力攘夷は不可能であり、国家の滅亡を招く」という現実を悟った。

この敗北を機に、尊王攘夷派の指導者たち(高杉晋作、桂小五郎、大久保利通、西郷隆盛など)は路線を大きく転換させる。もはや目的は外国の打ち払いではなく、「開国して西洋の優れた技術・制度を導入し、富国強兵を図る(開国進取)」ことへと変化した。そして、それを阻害する旧態依然とした幕藩体制を打ち倒し、天皇を中心とした強力な統一国家を樹立する必要があるという「武力倒幕」へと、そのエネルギーの矛先を幕府へと向け直したのである。

歴史的意義と明治維新への帰結

結果として、初期に掲げられた排外的な「攘夷」の実行は放棄された。しかし、「尊王」という理念は、日本を列強の植民地化から守り、近代的な国民国家(国民皆兵、中央集権など)を創設するための強力な求心力として機能し続けた。

1866年、坂本龍馬らの仲介によってかつての仇敵であった薩摩藩と長州藩が薩長同盟を結んだことで、倒幕の機運は決定的となった。1867年の大政奉還、そして王政復古の大号令を経て成立した明治新政府は、かつての尊王攘夷派の志士たちが中核を担った。彼らは自ら政権を握ると、ただちに「開国和親」「万国公法に基づく外交」を宣言し、文明開化と富国強兵を推し進めていくことになる。尊王攘夷派は、自らの思想を現実的な「近代国家の建設」へと昇華させることで、封建日本に終止符を打つ最大の歴史的役割を果たしたのである。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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