万国郵便連合条約 (ばんこくゆうびんれんごうじょうやく)
1877年
【概説】
1874年に結成された万国郵便連合(UPU)の基本条約。1877年に日本がアジアで初めて加盟したことにより、国際郵便の均一料金制や直接交換などの利便性が確保され、近代日本の国際社会への参入を象徴する出来事となった。
前島密と近代郵便制度の確立
明治維新後、近代国家としての体裁を整えるために情報の伝達手段の近代化が急務であった。従来の飛脚制度に代わり、1871年(明治4年)に「郵便の父」と呼ばれる前島密の主導によって、官営の近代郵便制度が発足した。前島は東京・京都・大阪間で郵便業務を開始し、翌年には全国一律の料金制度へと拡大させた。この国内郵便制度の整備が、のちの国際郵便網への参入、すなわち万国郵便連合条約への加盟を可能にする強固な土台となった。
アジア初の加盟と「郵便主権」の回復
日本は1877(明治10)年、アジアの国として初めて万国郵便連合(UPU)に加盟し、同時に万国郵便連合条約を締結した。それまで、日本国内における外国人居留地との間の国際郵便は、英・米・仏などの外国郵便局が実権を握っていた。しかし、この条約加盟によって日本は国際基準にのっとった自主的な郵便業務を行う能力があることを世界に証明し、1880年には国内の外国郵便局をすべて廃止させることに成功した。これは、当時明治政府の悲願であった不平等条約の改正に先んじて、国家主権の一部である「郵便主権」を実質的に回復した重要な一歩であった。