阿蘭陀本草和解

高校日本史的重要度

【参考リンク】
蘭学者(Wikipedia)

阿 蘭 陀

「阿」の書き方 「蘭」の書き方 「陀」の書き方

阿蘭陀本草和解 (おらんだほんぞうわげ

1750年

【概説】
江戸時代中期に幕医の野呂元丈が著した、西洋の植物学を紹介した本草書。8代将軍徳川吉宗の命により、オランダの植物学者ドドネウスの著作を部分的に和訳・解説した、初期蘭学史上における先駆的な文献である。

吉宗の「実学推奨」と編纂の背景

江戸幕府の8代将軍徳川吉宗は、享保の改革において産業振興や実用的な学問(実学)を奨励し、1720年にはキリスト教関係以外の洋書輸入を認める漢訳洋書輸入の緩和を実施した。さらに吉宗は、幕医の野呂元丈儒学者の青木昆陽に対し、長崎から江戸に参府するオランダ商館長カピタン)やオランダ通詞(通訳)から、オランダ語や西洋の学術を直接学ぶよう命じた。本書は、こうした吉宗の強い知的探究心と政策的な実学奨励の動きを背景として執筆されたものである。

西洋植物学の受容と本書の歴史的意義

野呂元丈は、オランダの植物学者ドドネウス(ドドネーウス)が著した『草木誌』(Cruydt-Boeck)などの挿絵をもとに、通詞の協力を得てその記述を解読・翻訳した。これが1750年(寛延3年)に完成した『阿蘭陀本草和解』である。本書では、西洋の植物の形態や効能が、従来の東洋医学・薬学の体系である本草学の視点から比較・整理されている。野呂によるこの試みや、青木昆陽によるオランダ語研究は、のちの杉田玄白前野良沢らによる『解体新書』の刊行に代表される、本格的な蘭学興隆の重要な萌芽となった。

最終更新:
2026年8月12日 @ 16:37

日本史一問一答(ランダム)

Q. 摂政・関白を務めた九条兼実が記した日記で、源平の争乱から鎌倉幕府成立期に至る政治情勢を知る上で極めて重要な史料は何か?
Q. 国司の不正を防止するため、桓武天皇の時代に新設され、新旧国司の交代時の引き継ぎ書類(解由状)を厳しく審査した令外官は何か?
Q. 足利尊氏の次男で、初代の鎌倉公方として関東に赴任し、以後その子孫が長官職を世襲することになった人物は誰か?