阿蘭陀本草和解 (おらんだほんぞうわかい)
1750年
【概説】
江戸時代中期に幕医の野呂元丈が著した、西洋の植物学を紹介した本草書。8代将軍徳川吉宗の命により、オランダの植物学者ドドネウスの著作を部分的に和訳・解説した、初期蘭学史上における先駆的な文献である。
吉宗の「実学推奨」と編纂の背景
江戸幕府の8代将軍徳川吉宗は、享保の改革において産業振興や実用的な学問(実学)を奨励し、1720年にはキリスト教関係以外の洋書輸入を認める漢訳洋書輸入の緩和を実施した。さらに吉宗は、幕医の野呂元丈と儒学者の青木昆陽に対し、長崎から江戸に参府するオランダ商館長(カピタン)やオランダ通詞(通訳)から、オランダ語や西洋の学術を直接学ぶよう命じた。本書は、こうした吉宗の強い知的探究心と政策的な実学奨励の動きを背景として執筆されたものである。
西洋植物学の受容と本書の歴史的意義
野呂元丈は、オランダの植物学者ドドネウス(ドドネーウス)が著した『草木誌』(Cruydt-Boeck)などの挿絵をもとに、通詞の協力を得てその記述を解読・翻訳した。これが1750年(寛延3年)に完成した『阿蘭陀本草和解』である。本書では、西洋の植物の形態や効能が、従来の東洋医学・薬学の体系である本草学の視点から比較・整理されている。野呂によるこの試みや、青木昆陽によるオランダ語研究は、のちの杉田玄白や前野良沢らによる『解体新書』の刊行に代表される、本格的な蘭学興隆の重要な萌芽となった。