骨角器
【概説】
動物の骨や角、牙などを加工して作られた、釣り針や銛(もり)、縫い針などの道具。
日本では主に縄文時代において、豊かな自然環境を背景とした漁労や狩猟、衣服の製作など多様な生活場面で発達し、当時の高度な生業技術や生活様式を示す重要な史料となっている。
気候変動による生業の変化と骨角器の普及
世界史的には旧石器時代後期から人類によって用いられていたが、日本列島において骨角器が飛躍的に発達し、多種多様な道具として普及したのは縄文時代に入ってからである。約1万年前に完新世(沖積世)を迎え、地球規模の温暖化が進行すると、海面が上昇する「縄文海進」が発生した。これにより日本列島には入り組んだ海岸線や浅い内湾が形成され、豊かな水産資源に恵まれるようになった。こうした自然環境の変化に適応するため、縄文人は新たな生業として漁労を本格化させ、その過程で骨角器による漁労具が高度に発達していったのである。
高度な加工技術と漁労具としての発展
骨や角、牙(主にシカやイノシシ、クジラなどのもの)は、石器に比べて粘り気があり、細かく鋭利な加工がしやすいという特性を持っていた。縄文人はこの特性を活かし、獲物が抜け落ちないようにするための「かえし(逆刺)」を持つ精巧な釣針や銛(もり)、ヤスなどを生み出した。
とくに銛などの刺突具を用いて、沿岸部だけでなく外洋へ丸木舟で漕ぎ出し、マグロやカツオ、さらには海獣類(アザラシやイルカなど)を捕獲していたことが、出土した骨角器の形状や共伴する動物骨から判明している。東北地方の三陸沿岸などに残る貝塚群からは、こうした優れた漁労技術を裏付ける多種多様な骨角器が発見されている。
生活用具・装身具としての多様な展開
骨角器の用途は漁労具にとどまらない。シカの骨などを細く削って作られた縫い針には、糸を通すための微小な穴(孔)が穿たれており、獣皮や樹皮、編布を縫い合わせて衣服を製作するために不可欠な道具であった。さらに、骨角器は実用品としてだけでなく、縄文人の精神文化や身分差を示す装身具としても重用された。
例えば、精緻な彫刻が施されたヘアピン状の髪飾り(笄・こうがい)や、動物の牙に孔を開けて紐を通したペンダント、貝殻を加工した貝輪など、多様な装飾品が存在する。これらは単なるおしゃれの域を超え、呪術的な意味合いや、集団内での社会的地位を示すための威信財としての機能を持っていたと考えられている。
考古学的な史料価値と貝塚の役割
動物の骨や角は有機物であるため、日本の酸性の土壌環境下では通常、長い年月の間に分解されて消滅してしまう。しかし、縄文時代の人々が生活廃棄物を捨てた貝塚においては、貝殻から溶け出した豊富なカルシウム分が土壌をアルカリ性に中和するため、骨角器が極めて良好な状態で保存されることが多い。
したがって、貝塚から多数出土する骨角器は、腐朽しやすい木器や繊維製品とともに、石器や土器だけでは窺い知ることのできない縄文時代の生活様式や高度な技術水準を現代に伝える、極めて貴重な考古学史料となっているのである。