日葡辞書

宣教師たちの日本語学習のために編纂されたキリシタン版で、当時の日本語をポルトガル語で解説した辞書は何か?
カテゴリ:
重要度
★★★

日葡辞書 (にっぽじしょ)

1603年〜1604年

【概説】
安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、イエズス会の宣教師らによって編纂されたキリシタン版の辞書。当時の日本語約3万2千語をローマ字で表記してポルトガル語で解説したものであり、中世日本語の姿や当時の社会風俗を知るための第一級の語学・歴史史料となっている。

イエズス会の布教戦略と「キリシタン版」

1549年のフランシスコ・ザビエルによるキリスト教伝来以降、イエズス会は日本での布教を本格化させた。しかし、ヨーロッパの言語と全く異なる構造を持つ日本語の習得は、来日した宣教師たちにとって最大の障壁であった。そこで、1579年に来日した巡察師アレッサンドロ・バリニャーノは、宣教師の日本語教育と日本人聖職者の育成を強く推し進めた。

その一環として、1590年の天正遣欧使節の帰国に伴い、ヨーロッパから活版印刷機(グーテンベルク印刷機)が日本へ持ち込まれた。これにより、長崎や天草などのイエズス会学林(コレジオ)において、宣教師の語学学習や信徒の教化を目的としたキリシタン版と呼ばれる一連の書物(宗教書や語学書、日本の古典文学など)が次々と刊行されることとなった。

『日葡辞書』の編纂と刊行

数あるキリシタン版の中でも、語学史料として金字塔とも言えるのが『日葡辞書(Vocabulario da Lingoa de Iapam)』である。本辞典は、日本で活動した複数の宣教師たちが長年にわたり蓄積した単語帳や語学メモを基に、日本人修道士(イルマン)らの協力を得て編纂された。編纂の主導者については確証がないものの、『日本大文典』の著者として知られるジョアン・ロドリゲスらが深く関与していたと考えられている。原稿の完成後、1603年(慶長8年)から翌1604年にかけて、長崎のイエズス会コレジオにて活版印刷によって刊行された。

収録内容と中世日本語の精緻な記録

『日葡辞書』には、見出し語として約3万2000語もの日本語が収録されている。最大の特徴は、見出し語が当時のポルトガル語の綴り字の規則に基づいたローマ字で表記されている点である。これにより、漢字や仮名文字だけでは捉えきれない当時の日本語の「正確な発音」がアルファベットによって記録されることとなった。

解説文はポルトガル語で記されており、単語の意味だけでなく、品詞、語源、語法、さらには尊敬語・謙譲語といった待遇表現の使い分けまでもが詳述されている。また、当時の文化的中心であった京都の言葉(上方語)を標準としつつも、九州などの地方語(方言)、武士の言葉、女性語(女房詞)、僧侶が用いる仏教用語、果ては当時の俗語や卑語に至るまで、生きた日本語が幅広く網羅されている。

語学史・歴史史料としての絶大な価値

本辞書は、室町時代末期から江戸時代初期にかけての中世日本語の実態を知るための第一級の史料として、現代の国語学研究において必要不可欠な存在である。たとえば、「ハ行転呼音(語中・語尾のハ行音がワ行音のように発音される現象)」の定着度合いや、「ジ・ヂ・ズ・ヅ」のいわゆる四つ仮名が当時どのように区別して発音されていたかといった音声学的な事実は、このローマ字表記の分析によって明らかとなった。

さらに、単語の用例として当時のことわざや日常会話、文学作品からの引用が多数収録されている点も見逃せない。これにより『日葡辞書』は単なる言語学の枠を超え、安土桃山時代における日本人の生活様式、社会風俗、精神構造を読み解くための歴史史料、文化史料としても極めて高い価値を有している。

邦訳 日葡辞書

戦国末期の日本語を詳細に記録し、異国の宣教師が編纂した知の結晶ともいえる、国語学史上極めて貴重な資料。

日本国語大辞典〔第2版〕10 な~わん

「な」から「わん」までを網羅し、膨大な語彙と用例を収録した、日本語の全貌を解き明かす究極の辞書の完結編。

最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

日本史一問一答(ランダム)

Q. アフリカ大陸で発見され、「南の猿」という意味の名前を持つ代表的な猿人は何か?
Q. 1940年、帝国議会で日中戦争の目的や政府の姿勢を鋭く批判する演説を行い、衆議院議員を除名された立憲民政党の政治家は誰か?
Q. 前漢の武帝が衛氏朝鮮を滅ぼしたあとに朝鮮半島北部に設置し、倭人が使いを送った中国の出先機関(郡)はどこか?