金 (きん)
1115年〜1234年
【概説】
12世紀初頭にツングース系の女真族が中国東北部に建国した征服王朝。契丹(遼)や北宋を滅ぼして中国の北半分を領有し、東アジアの国際秩序を激変させた。日本の平安時代末期における対外認識や日宋貿易の展開にも間接的に大きな影響を与えた国家である。
東アジアの覇権交代と金の成立
12世紀初頭、女真族の首長である完顔阿骨打によって建国された金は、隣国である契丹(遼)の支配から自立し、急速に勢力を拡大した。1125年に遼を滅ぼすと、翌年には北宋へ侵攻して皇帝の徽宗・欽宗らを捕虜とする靖康の変を引き起こした。これにより北宋は滅亡し、王族の一部が南方に逃れて南宋を再興することとなる。金は華北(中国北半分)を支配下に収め、南宋を従属させることで、東アジアにおける新たな覇権国家となった。
平安日本への影響と日宋貿易の展開
この東アジアの劇的な情勢変化は、平安時代末期の日本にも伝わり、貴族層に大きな衝撃を与えた。日本と金との間に公式な国交は開かれなかったが、平清盛ら平氏政権が推進した日宋貿易は、金に対抗するために南方の経済基盤を強化しようとする南宋側の意図とも合致し、さらに活発化することとなった。また、東北地方を支配した奥州藤原氏が、日本海交易を通じて金と独自に通交していた可能性も指摘されており、当時の日本にとって金は、北方の巨大な軍事的実力者として意識される存在であった。