春日神社

興福寺の僧兵が強訴を行う際、藤原氏の氏神である威力を利用するために掲げて都へ入った神木は、どの神社のものか。
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春日神社 (かすがじんじゃ)

768年創建

【概説】
奈良の地に鎮座する、藤原氏の氏神を祀る神社。平安時代には隣接する興福寺と一体化し、同寺の僧兵が政治的要求を通すための「強訴」において重要な役割を果たした。現在の春日大社である。

藤原氏の氏神としての格式と発展

春日神社(現・春日大社)は、平城京の守護と藤原氏の繁栄を祈願するため、奈良時代中期の768年(神護景雲2年)に藤原永手らによって社殿が造営された。藤原氏の祖先神である天児屋根命(あめのこやねのみこと)などを祀り、藤原氏の隆盛とともに朝廷からも極めて厚い崇敬を受けた。また、藤原氏の氏寺である興福寺との関係が密接であり、平安時代には神仏習合が進んで実質的に興福寺の支配下に入ることとなった。

興福寺の僧兵と「神木強訴」

平安時代中期以降、興福寺の僧兵(衆徒)は、朝廷に対して要求を通すためにしばしば京都へ押し寄せる「強訴(ごうそ)」を行った。その際、彼らは春日神社の神霊が宿るとされる神木(榊)を奉じて入京した。これを神木強訴と呼ぶ。当時の貴族たちは神罰・仏罰を極度に恐れたため、神木を掲げた僧兵たちの要求を拒むことができず、春日神社は興福寺の強力な政治的武器として機能することとなった。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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