法隆寺(斑鳩寺)

重要度
★★★

法隆寺(斑鳩寺) (ほうりゅうじ(いかるがでら)

607年建立

【概説】
飛鳥時代に聖徳太子(厩戸王)が大和国斑鳩の地に建立したとされる寺院。別名を斑鳩寺(いかるがでら)といい、現在残る西院伽藍は世界最古の木造建築群として知られる。飛鳥文化から白鳳文化にかけての貴重な仏教美術・建築を今に伝え、日本の歴史と文化において極めて重要な地位を占めている。

聖徳太子による創建と斑鳩の地

6世紀半ばに百済から伝来した仏教は、蘇我氏と物部氏の激しい対立を経て、国家の新たな精神的支柱として受容されていった。推古天皇の摂政となった聖徳太子(厩戸王)は、冠位十二階や十七条憲法の制定とともに、仏教の興隆を強力に推し進めた。法隆寺の縁起によれば、太子は父である用明天皇の病気平癒の遺願を継承し、推古天皇15(607)年に本尊の薬師如来を造営して寺院を建立したとされる。これが法隆寺(斑鳩寺)の始まりである。

太子が拠点とした斑鳩(いかるが)は、大和盆地と難波(大阪)を結ぶ大和川水系の水陸交通の要衝であった。太子はこの地に自らの宮殿である斑鳩宮を造営し、それに隣接する形で法隆寺を建立した。これは、当時の飛鳥政権の中心地から少し離れた場所に独自の政治的・宗教的拠点を築くことで、太子の権力基盤を強化する意図があったと考えられている。

「法隆寺再建論争」と若草伽藍の発見

現在私たちが目にする法隆寺の西院伽藍が、創建当時のものか否かについては、明治時代以降の近代歴史学・建築史学において「法隆寺再建論争」と呼ばれる大論争が巻き起こった。『日本書紀』の天智天皇9(670)年の条に「斑鳩寺に災(ひ)つ、一屋(ひとつのいえ)も余すこと無し(斑鳩寺が全焼した)」という記述があったためである。

再建論と非再建論が激しく対立したが、昭和14(1939)年の発掘調査によって現在の西院伽藍の南東から、四天王寺式伽藍配置を持つ古い寺院の跡(若草伽藍)が発見された。この遺構から火災の痕跡が見つかったことで、創建当時の法隆寺は670年に焼失し、現在の西院伽藍は7世紀後半から8世紀初頭(白鳳時代)にかけて再建されたものであるという「再建論」が学界の定説となった。

世界最古の木造建築群と飛鳥・白鳳期の建築様式

再建されたものとはいえ、金堂・五重塔・中門・回廊からなる西院伽藍は、現存する世界最古の木造建築群であることに変わりはない。法隆寺の建築様式には、中国の南北朝時代や朝鮮半島(特に百済)の影響が色濃く反映されており、東アジアの古代建築様式を知る上で極めて重要である。

特徴的な建築技法として、柱の中央部が膨らみを持つエンタシスの柱や、雲の形を模した雲斗・雲肘木(くもと・くもひじき)、卍(まんじ)崩しの高欄などが挙げられる。また、塔と金堂を左右非対称に並べる「法隆寺式伽藍配置」は、塔を中心に据えるそれまでの配置から、仏像(金堂)の礼拝をより重視する方向への信仰形態の変化を示している。

宝庫としての法隆寺:珠玉の仏教美術

法隆寺は建築物のみならず、古代の仏教美術の宝庫でもある。金堂に安置されている本尊・釈迦三尊像は、推古天皇31(623)年に鞍作鳥(止利仏師)によって造られた飛鳥彫刻の最高傑作であり、北魏様式の直線的で左右対称な衣文(えもん)やアルカイック・スマイル(古拙の微笑)が特徴である。また、細身で優美な南朝様式を示す百済観音像や、玉虫の羽を装飾に用いた玉虫厨子など、国宝級の文化財が数多く伝来している。

さらに、かつて金堂の壁に描かれていた金堂壁画は、インドのアジャンター石窟寺院や中国の敦煌莫高窟と並ぶアジア古代仏教絵画の傑作であった。しかし、昭和24(1949)年に火災で焼損してしまい、これが契機となって翌年に文化財保護法が制定されることとなった。

後世への影響と世界遺産としての価値

法隆寺は、聖徳太子信仰の高まりとともに中世・近世を通じて手厚く庇護され続けた。奈良時代には東院伽藍が整備され、その中心である夢殿には太子の等身像とされる救世観音像が秘仏として安置された。明治時代には廃仏毀釈の波を被り一時危機に陥るが、フェノロサや岡倉天心らの調査によってその美術的・歴史的価値が世界に向けて再評価された。

こうした圧倒的な歴史的価値と保存状態の良さが認められ、平成5(1993)年には姫路城とともに、日本で初となるユネスコの世界文化遺産(法隆寺地域の仏教建造物)に登録された。法隆寺は単なる一寺院の枠を超え、日本古代国家の形成過程と、東アジア文化圏におけるダイナミックな文化交流を今に証言する、人類共有の至宝である。

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日本史一問一答(ランダム)

Q. 貝で作られた世界最古級の釣り針が発見され、日本でも旧石器時代から漁労が行われていたことを証明した沖縄県の遺跡はどこか?
Q. 富本銭の鋳型や不良品が大量に出土し、ここが天武天皇の時代における国営の貨幣鋳造工房であったことが判明した奈良県の遺跡はどこか?
Q. 大宝律令などの基本法典において、犯罪に対する刑罰の規定を定めた刑法にあたる部分を何というか?
A.