賜田 (しでん)
【概説】
天皇からの特別な恩賞として、特定の皇族や貴族、寺社などに個別に支給された田地。公地公民制を基本とする律令制下において、原則的な班田収授の枠外に位置づけられた特権的な土地所有の一形態である。
律令体制における「賜田」の制度的性格
飛鳥時代後期から奈良時代にかけて、日本は唐の制度にならった律令国家の建設を進めた。その土地制度の基本は、すべての土地と人民を国家の支配下におく「公地公民制」であり、人々に一定の田地を分け与える班田収授法が施行された。しかし、制度の円滑な運用や権力構造の維持のためには、例外的な土地支給が不可欠であった。その一つが「賜田」である。
賜田は、位階や官職に応じて一律に支給される位田(いでん)や職田(しきでん)とは異なり、天皇の「勅」という個別具体的な命令によって臨時に与えられた。主な対象は、国家や皇室に特別な功績のあった皇族、貴族、または有力な寺社などであった。制度上は受給者の生存中、あるいは一定の年限に限って認められる一代限りの田地であったが、実際にはその特権性が維持されやすかった。
不輸租特権と初期荘園への展開
賜田の歴史的重要性を決定づけたのは、その税制上の優遇措置である。国家に税を納める「輸租田(ゆそでん)」に対して、賜田の多くは税が免除される「不輸租田(ふゆそでん)」として扱われた。この免税特権は、受給者である有力貴族や寺社にとって極めて高い経済的価値をもたらした。
国家による班田収授の維持が困難になり、743年に墾田永年私財法が発布されて私有地拡大の動きが本格化すると、これら賜田は実質的な私有地(私領)へと転化していった。貴族や寺社は支給された賜田を足がかりに周辺の土地を取り込み、のちの初期荘園へと発展させていく。このように、賜田は公地公民制という原則を内側から形骸化させ、中世の荘園公領制へと移行する歴史的契機の一つとなった点で極めて重要な意義を持つ。