チブサン古墳 (ちぶさんこふん)
6世紀後半
【概説】
熊本県山鹿市にある古墳時代後期の代表的な装飾古墳。埋葬部分の石屋形奥壁に、女性の乳房あるいは王冠や同心円を連想させる独特の赤・白・黒の極彩色文様が描かれていることで広く知られる。
「チブサン」の由来と描かれた文様
チブサン古墳は、熊本県山鹿市に位置する全長約45メートルの前方後円墳である。その特異な名称は、横穴式石室内の奥壁(石屋形)に描かれた、一対の円形文様に由来する。この文様が女性の乳房(ちぶさ)に酷似していることから、民間信仰において安産や育児の守り神として崇められ、「チブサン」と呼ばれるようになった。
しかし、近年の考古学的な研究においては、この文様は乳房そのものではなく、被葬者の権威を示す王冠(冠飾)や、死者を邪悪なものから守るための同心円文(魔除けの文様)であるとする説が有力である。石室内には他にも、赤色(ベンガラ)、白色(粘土)、黒色(炭)の3色を用いて、三角文や菱形文などの幾何学文様が鮮やかに描かれており、当時の呪術的な死生観を視覚的に伝えている。
肥後地方における装飾古墳の展開と歴史的意義
古墳時代後期にあたる6世紀、九州地方(特に現在の熊本県にあたる肥後国)では、石室の壁面を絵画や文様で飾る装飾古墳が盛んに築造された。チブサン古墳はその先駆的かつ代表的な作例であり、当時の菊池川流域を支配した有力豪族の存在を裏付けている。
これらの装飾古墳は、近畿地方の大和政権(ヤマト王権)に見られる大規模な前方後円墳とは異なる、地方独自の葬送儀礼や精神文化を示すものである。また、朝鮮半島(百済や加耶など)の壁画古墳との技術的・意匠的な共通性も指摘されており、大和政権を介さない形での、九州の豪族と東アジア大陸との直接的な文化交流や通交ルートを考察する上でも極めて重要な史料となっている。