飛龍(空母)

ミッドウェー海戦において、山口多聞司令官の指揮下で唯一反撃を行って米空母を大破させたが、のちに集中攻撃を受けて沈没した空母は何か?
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飛龍 (ひりゅう)

1939年竣工〜1942年沈没

【概説】
太平洋戦争期における大日本帝国海軍の航空母艦。中型空母「蒼龍」の改良型(準同型艦)として建造され、第二航空戦隊の主力として真珠湾攻撃からミッドウェー海戦まで第一線で活躍した。

蒼龍型との違いと第二航空戦隊の結成

空母「飛龍」は、ワシントン海軍軍縮条約の制限下において計画された空母「蒼龍」の2番艦(準同型艦)として建造され、1939年(昭和14年)に竣工した。先に建造された蒼龍の運用実績をもとに、艦橋の位置を左舷中央部に変更し、船体幅を広げて復原性を高めるなどの設計変更が行われた。この2隻によって編成された第二航空戦隊(二航戦)は、山口多聞少将の指揮のもと、日本海軍が誇る精鋭部隊となった。

1941年(昭和16年)12月の太平洋戦争開戦時には、第一航空戦隊(赤城、加賀)などとともに真珠湾攻撃に参加して多大な戦果を挙げた。その後もウェーク島攻略作戦、ポートダーウィン空襲、インド洋作戦などで活躍し、日本海軍の快進撃を支えた。

ミッドウェー海戦における孤軍奮闘と最期

1942年(昭和17年)6月、日米の命運を分けたミッドウェー海戦において、日本海軍の主力空母4隻のうち、赤城、加賀、蒼龍の3隻が米空母艦載機の急降下爆撃によって一瞬にして被弾・大破した。このとき、雨雲の下にいたため唯一攻撃を免れたのが飛龍であった。

第二航空戦隊司令官の山口多聞少将は直ちに反撃を決断し、残された航空兵力を結集して米空母の急襲を命じた。この猛反撃により、米空母ヨークタウンに致命傷を与えて大破・放棄(のちに潜水艦伊168によって沈没)に追い込んだ。しかし、飛龍も同日夕刻に米空母エンタープライズなどの艦載機による爆撃を受けて飛行甲板を破壊され、大火災を起こした。翌朝、自沈処分の魚雷により沈没し、山口司令官と加来止男艦長は退艦を拒否して艦と運命を共にした。主力空母4隻を失ったこの大敗北は、太平洋戦争における日本の攻守の転換点となった。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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