風信帖 (ふうしんじょう)
812年頃
【概説】
平安時代初期に真言宗の開祖である空海が、天台宗の開祖である最澄に宛てて書いた手紙(尺牘)。日本の書道史上における最高峰の名宝であり、現在は国宝に指定されている。
空海と最澄の交流を示す第一級の史料
延暦23(804)年の同航の遣唐使として渡宋した空海と最澄は、帰国後、しばらくの間は密教の受法などを通じて深い交流を持っていた。この『風信帖』は、弘仁年間において両者が交わした書状の実物であり、仏法に関する議論や密教経典の貸借、さらには比叡山への勧誘を辞退する文面などが記されている。書状の冒頭が「風信雲書」という挨拶で始まることからこの名があり、当時の二人の緊張感を含んだ親密な人間関係と、思想的立場の違いが表れ始める過渡期の様子をリアルに伝える歴史的価値の高い史料である。
王羲之の書風を極めた「三筆」の傑作
空海は、嵯峨天皇や橘逸勢とともに平安初期の優れた書家である三筆の一人に数えられる。『風信帖』は、中国の「書聖」と仰がれる王羲之の書風(行書・草書)を基礎とし、空海独自の躍動感あふれる力強い筆致で書かれている。元々は5通あったとされるが、現在は3通が1巻にまとめられて京都の東寺(教王護国寺)に伝わっており、和様書道が成立する前段階の「唐風(からう)」の極致として、後世の書道界に計り知れない影響を与え続けている。