鑑真和上東征絵伝 (がんじんわじょうとうせいえでん)
1298年
【概説】
唐の僧・鑑真が幾多の苦難を乗り越えて日本に渡海し、戒律を伝えた生涯を描いた鎌倉時代の絵巻物。奈良・唐招提寺に伝わる国宝である。奈良時代の文学『唐大和上東征伝』を絵画化したもので、鎌倉期における戒律復興運動を背景に制作された。
鎌倉期の戒律復興と制作の背景
鎌倉時代中期から後期にかけて、形骸化していた仏教のルール(戒律)を立て直そうとする戒律復興運動が、西大寺の叡尊や極楽寺の忍性らによって盛んに展開された。この運動の中で、日本に正式な授戒制度をもたらした祖師である鑑真への崇拝が急速に高まることとなった。
本作は永仁6年(1298年)、唐招提寺の復興と中興が進むなか、鑑真の偉業を視覚的に広く宣伝し、信徒の結縁や勧進(寄付集め)を促す目的で制作された。絵巻の詞書(ことばがき)のテキストには、奈良時代に淡海三船が著した『唐大和上東征伝』が忠実に用いられており、当時の戒律復興論者がいかに正統性を重んじていたかが窺える。
劇的な渡海と美術史・史料的価値
全5巻からなる絵巻には、5回にわたる渡海失敗、激しい漂流、度重なる弟子の死、そして自らの失明といったドラマチックな苦難のプロセスが、臨場感豊かに描かれている。6回目にしてついに日本の土を踏み、東大寺での授戒や唐招提寺の建立に至るまでのクライマックスは、見る者に深い感動を与える構成となっている。
美術的には、鎌倉絵巻特有の写実的な描線と豊かな色彩が特徴であり、嵐に翻弄される船の様子や、当時の中国(唐)や南方の風物、異国の人々の姿が生き生きと描かれている。宗教的な偉人伝としての価値にとどまらず、中世日本における対外認識や、当時の風俗、船舶の構造などを知る上でも一級の歴史史料として評価されている。