鎌倉探訪4(建長寺)

鎌倉探訪3の続きです。とうとう鎌倉五山第一位の建長寺へ行きます。

鶴岡八幡宮からそこそこ歩いて建長寺へ。鎌倉五山第一位として、流石に堂々としてますね。周りにけんちん汁のお店があったんですが、けんちん汁は建長寺が由来とする説があるそうですね。

入口です。立派ですねぇ!

総門の説明。はい、蘭渓道隆は覚えてますね?建長寺の記事の概説で復習だ!
建長寺の概説】
鎌倉幕府第5代執権北条時頼が、南宋から渡来した僧の蘭渓道隆を開山として建立した臨済宗の寺院。日本における最初の本格的な純粋禅の修行道場として知られ、室町時代に定められた鎌倉五山において第一位の寺格を誇る。

でかい!三解脱門を略して三門と言うらしい。くぐるとあらゆる執着から解き放たれるとのこと。江戸時代に再建されたもので、重要文化財。

仏殿(重要文化財)は工事中でした……。

法堂。これまたご立派ですね。江戸時代に再建されたもので、これも重要文化財とのことです。

天井画。創建750年を記念して、鎌倉生まれの小泉淳作画伯が描いたとのこと。

庭。ググると夢窓疎石作庭という情報も出てくるけどどうなんだろう。

唐門。これまた圧倒されました。画像じゃ伝わらんなぁー。こちらも重要文化財。2011年に解体修理され輝きを取り戻したとのことです。

国宝の鐘。左側の説明文にありますが、夏目漱石は「鐘つけば銀杏散るなり建長寺」と詠んだとのこと。それから正岡子規があの有名な「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」を作ったそうな。はえー、元ネタあったんか。

流石に建長寺は第一位なだけあって堂々としていました。次は浄智寺です。

最終更新:
2026年8月22日 @ 17:17

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