赤本・青本・黒本 (あかほん・あおほん・くろほん)
【概説】
江戸時代に流行した、絵を主体とする庶民向け和装本「草双紙(くさぞうし)」の初期の形態。冊子の表紙の色に由来する名称であり、主に子ども向けの絵本から始まり、次第に読者層を広げて大衆娯楽の基盤を築いた。
草双紙の誕生と「赤本」の流行
江戸時代、印刷技術の普及と都市の成長に伴い、商業出版が本格化した。その中で、絵を主体とし、余白に平仮名で台詞や説明を書き込んだ娯楽本である草双紙(くさぞうし)が誕生する。その最初期の形態が赤本(あかほん)である。
赤本は延宝年間(1673〜81年)頃から江戸の出版社(地本問屋)で制作され始め、18世紀初頭の享保期にかけて流行した。表紙に赤色(丹色)の絵の具が塗られていたことからその名がある。主に子どもを対象とした「幼童本」であり、『桃太郎』や『さるかに合戦』といったおとぎ話、民話、年中行事などが平易に描かれた。これは当時の識字率の向上を背景に、子供への教育や娯楽としての需要が高まったことを示している。
読者層の成長と「黒本」「青本」への転換
18世紀中期(延享・寛延期〜宝暦期)に入ると、赤本を読んで育った世代の成長に合わせ、より高い年齢層の少年や青年、女性を対象とした新たな草双紙が登場した。これが黒本(くろほん)と青本(あおほん)である。
黒本は黒い表紙、青本は薄緑色(当時は緑を「青」と呼んだ)の表紙を持ち、これらはほぼ同時期に並行して出版された。内容は単なるおとぎ話から脱却し、歌舞伎や人形浄瑠璃の筋書き、歴史上の武者伝説、戦記物、さらには社会的な流行を取り入れたものへと高度化していった。これにより、草双紙は子ども向けの絵本から、大衆全般が楽しむエンターテインメントへとその性格を変容させたのである。
黄表紙・合巻へと至る出版文化の系譜
赤本・青本・黒本によって耕された大衆小説の土壌は、18世紀後半(安永期)に登場する黄表紙(きびょうし)によって一気に開花することとなる。黄表紙は大人向けの高度な政治風刺やパロディ、滑稽を取り入れたジャンルであり、恋川春町の『金々先生栄花夢』を先駆として大流行した。さらに文化・文政期には、物語が長編化・複雑化した合巻(ごうかん)へと発展していく。
このように、赤本から青本・黒本を経て黄表紙・合巻へと至る草双紙の変遷は、江戸の町人文化の成熟と、それに伴う出版ビジネスの発展を如実に物語る歴史的史料としてきわめて重要な意義を持っている。