赤光 (しゃっこう)
1913年
【概説】
歌人・斎藤茂吉が1913年(大正2年)に刊行した第一歌集。実母の臨終を歌った「死にたまふ母」などの代表作を収録し、万葉集に源流を持つ写実的な力強さと近代歌人としての繊細な抒情を融合させた、大正アララギ派の金字塔である。
アララギ派の確立と『赤光』の文学史的位置づけ
『赤光』は、正岡子規の「写生」の系譜を引く歌誌『アララギ』の中心歌人・斎藤茂吉の処女歌集であり、大正期における歌壇の主導権を『アララギ』が握る決定的な契機となった作品である。子規が提唱した万葉集を範とする写実主義は、茂吉の手によって、単なる風景の客観的描写にとどまらず、作者の主観や生命力を対象に深く浸透させる「実相観入(じっそうかんにゅう)」の境地へと引き上げられた。本書の登場は、同時代における短歌の社会的認知を飛躍的に高め、北原白秋の『桐の花』などと並び、近代短歌の黄金期を現出させる原動力となった。
万葉調の生命感と精神医学者のまなざし
本作の大きな特異性は、古代万葉調の力強い響きと、近代知識人としての鋭敏で内省的な精神が高度に融合している点にある。医学(精神医学)を修めた医師でもあった茂吉は、冷徹な観察眼を持ちながらも、人間の生と死、病への恐れなどをむき出しの情熱をもって詠み上げた。特に、郷里の母の死を看取るプロセスを鮮烈に描いた連作「死にたまふ母」は、極限の悲哀を万葉風の重厚な韻律で包み込むことで、近代文学における挽歌の最高峰となった。このように『赤光』は、近代化の荒波のなかで自己のアイデンティティを模索する大正期の知識人たちの心を深く揺さぶったのである。