舎密開宗 (せいみかいしゅう)
【概説】
江戸時代後期に津山藩医の蘭学者・宇田川榕菴が翻訳・出版した、日本初の本格的な西洋化学の専門書。オランダの化学書を翻訳・再構成し、実験器具の図解を交えて体系的に化学の基礎を紹介した著作である。
「舎密」の受容と宇田川榕菴による翻訳事業
「舎密(せいみ)」とは、オランダ語で化学を意味する「chemie(ケミストリー)」の音訳である。本書が刊行されるまで、日本の洋学(蘭学)は医学や天文学、地理学が中心であり、物質の性質や変化を扱う「化学」という学問体系は十分に紹介されていなかった。こうした状況下で、美作津山藩医であり優れた蘭学者であった宇田川榕菴(うだがわようあん)は、イギリスの化学者ウィリアム・ヘンリーの著書(のちにドイツのトロンムスドルフが蘭訳・増補したもの)を主たる原著として翻訳を開始した。
榕菴による翻訳作業は単なる直訳にとどまらず、自ら実験を行って内容を検証し、図版を細かく描き起こすなど、きわめて学術的で実践的なものであった。1837年(天保8年)から刊行が始まり、榕菴の没後である1847年(弘化4年)にかけて、内篇18巻・外篇3巻(一部未刊)が世に送り出された。これにより、日本において初めて体系的な近代化学の知識がもたらされることとなった。
現代に受け継がれる「榕菴訳」の化学用語
『舎密開宗』の最大の歴史的功績の一つは、日本語における近代化学の「翻訳語」を大量に創出した点にある。当時、東洋には存在しなかった学術的概念を日本語に置き換えるため、榕菴は仏教用語や漢籍の知識を総動員して独自の造語を考案した。私たちが今日でも日常的・学術的に使用している「酸素」「水素」「窒素」「炭素」といった元素名をはじめ、「酸化」「還元」「溶液」「飽和」「元素」「結晶」「分析」などの学術用語は、すべて榕菴が『舎密開宗』などを通じて定めたものである。これらの訳語は極めて適切であったため、のちに中国などの漢字圏にも逆輸入され、東アジア全体の近代科学の発展に多大な影響を与えることとなった。
幕末の産業・軍事技術近代化への貢献
『舎密開宗』がもたらした知識は、単なる知的好奇心の充足にとどまらず、幕末の日本における技術革新と富国強兵に直結した。欧米列強の圧力が高まるなか、諸藩や江戸幕府は西洋式の軍事技術の導入に迫られた。大砲を鋳造するための反射炉の建設、黒色火薬の製造、さらには弾薬の雷管に用いる雷汞(らいこう)などの化学物質の合成において、『舎密開宗』に記された化学的知見や実験手法は不可欠なバイブルとなった。薩摩藩や佐賀藩、あるいは幕府の洋学研究機関である開成所における理化学研究は、本書を基礎として発展し、日本の初期近代化を技術面から支えることとなった。