腕輪形石製品
【概説】
古墳時代前期の古墳から多く出土する、碧玉などの緑色石材を用いた呪術的な副葬品。弥生時代以来の伝統をもつ貝輪や、実用の農具である鍬などを模して精巧に作られ、王権の権威を示す象徴物としての役割を担った。
貝輪の系譜と主要な三種
古墳時代前期(4世紀)の主要な古墳からは、多種多様な石造りの副葬品が出土する。その代表格が腕輪形石製品である。その起源は、弥生時代に南島からもたらされたゴホウラやイモガイなどの希少な貝を加工して作られた「貝輪(かいわ)」に求められる。古墳時代に入ると、これら南海産の貝が入手困難になったことや、より永続性・神秘性のある美しさが求められたことから、緑色石材を用いた石製品へと変化・発展を遂げた。
腕輪形石製品は、その形状や模倣元となった対象によって、主に以下の3つの器種に分類される。
- 石釧(いしくしろ):イモガイなどの貝輪を模したもので、円環状の平らなリング形をしている。
- 鍬形石(くわがたいし):ゴホウラ製の貝輪、あるいは農具の鍬(くわ)の形を模したものとされる。一端が幅広く、中央に腕を通す楕円形の孔が開いている。
- 車輪石(しゃりんせき):放射状の溝が刻まれ、その名の通り車輪のような形状をしている。これもゴホウラ製貝輪の突起を意匠化したものと考えられている。
これらは腕に通すには極端に孔が小さかったり、重すぎたりするものが多く、実用の装身具としてではなく、被葬者の司祭者的・呪術的な権威を誇示するための祭祀的・儀礼的道具(呪術的副葬品)として用いられたと考えられている。
緑色石材の流通とヤマト王権の支配構造
腕輪形石製品の多くは、碧玉(へきぎょく)や緑色凝灰岩などの鮮やかな緑色を呈する石で作られている。これらの原産地は現在の福井県(美山地方)や石川県(小松地方)、新潟県(佐渡)など日本海側に偏在しており、製作遺跡もこれらの地域や、政治的中心地である近畿地方(畿内)に集中している。
このことから、当時のヤマト王権(大和政権)が、これら希少な石材の採掘から加工、そして完成品の分配に至るルートを強力に統制していたと推測される。ヤマト王権は、自らの権威や呪術的・司祭的な力を象徴するこれらの石製品を各地の有力首長へ分け与える(いわゆる「賜与関係」)ことで、服属を促し政治的同盟を強化した。古墳時代前期において、近畿地方と地方の首長墓(前方後円墳など)で同一の規格・素材の腕輪形石製品や三角縁神獣鏡が同様に副葬される現象は、ヤマト王権を中心とする政治的秩序が全国規模で急速に形成されていったプロセスを物語っている。