縄文海進

重要度
★★

縄文海進

約1万年前~約6000年前

【概説】
完新世(地質時代)の温暖化に伴い、氷河が融解して海水面が現在よりも数メートル上昇し、内陸深くまで海が進入した現象。縄文時代早期から前期にかけて発生し、日本列島の地形を大きく変貌させた。この現象は当時の縄文人の生業や居住スタイルの決定に決定的な影響を与えた。

地球規模の温暖化と海進のメカニズム

今から約1万年前に更新世(氷河時代)が終わり、比較的温暖な地質時代である完新世へと移行した。これにより地球規模での温暖化が進行し、大陸の氷河が急速に融解した。その結果、海水面が世界的に上昇することとなったが、この一連の現象を日本では「縄文海進」と呼ぶ。

海進のピークは縄文時代前期(約6000年前頃)であり、当時の平均気温は現在よりも約2〜3度高く、海水面は現在よりも約2〜5メートル高かったと推定されている。これにより、現在の平野部の多くが海の底に沈み、特に関東地方の低地には「奥東京湾」と呼ばれる広大な入江が形成されるなど、日本列島の沿岸部には複雑な入り江を持つリアス式海岸が各地に誕生した。

縄文人の生業と貝塚の形成

縄文海進によって形成された浅く穏やかな内海や入江は、プランクトンが豊富で、魚介類にとっては格好の生育環境となった。この海の恵みに着目した縄文人たちは、骨角器の釣針や離出式の銛、あるいは網を用いた網漁など、高度な漁労技術を発達させていった。

こうした沿岸部での豊かな漁労活動の跡を示すのが、当時の遺跡から発見される貝塚である。貝塚は単なるゴミ捨て場ではなく、海から得た恵みに感謝を捧げる祭祀的な空間でもあったと考えられている。現在の埼玉県など、内陸部に多くの貝塚(例:黒浜貝塚など)が存在している事実は、縄文海進によって当時の海岸線がはるか内陸にまで及んでいたことを示す決定的な証拠となっている。

生態系の変容と定住化への影響

温暖化は海洋環境だけでなく、陸上の生態系にも劇的な変化をもたらした。旧石器時代を支えたナウマンゾウなどの大型哺乳類が絶滅する一方で、温暖化に伴いブナやナラ、クリといった落葉広葉樹林(東日本)や、シイ、カシなどの照葉樹林(西日本)が広がり、堅果類(ドングリなど)が豊富に採集できるようになった。

さらに、森林の拡大はイノシシやニホンジカといった中・小型獣の繁殖を促した。縄文人はこれらを狩猟するために弓矢を開発し、植物食・動物食・魚介食を組み合わせた多角的で安定した食糧確保の手段を確立した。このように、縄文海進に代表される気候変動に適応した結果、それまでの移動生活から、拠点となる集落(竪穴住居群)を構えた定住生活へと移行することが可能となったのである。

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