第一国立銀行

国立銀行条例に基づいて1873年に東京で開業した、三井・小野組の共同出資による日本で最初の近代的な銀行は何か?
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重要度
★★

第一国立銀行

1873年開業

【概説】
1873(明治6)年に渋沢栄一らの主導によって東京に開業した、日本最初の近代的な民間銀行。明治政府が定めた「国立銀行条例」に基づいて設立された発券銀行であり、のちの第一銀行、現在のみずほ銀行の源流にあたる。

国立銀行条例の制定と「第一」の誕生

明治新政府は、維新直後の混乱する貨幣制度を収拾し、殖産興業を推し進めるための近代的な金融システムの確立を急いだ。1872(明治5)年、大蔵少輔であった伊藤博文らの建議により、アメリカの制度をモデルとした国立銀行条例が制定される。これに基づき、翌1873年7月に日本初の近代的銀行として開業したのが第一国立銀行である。大蔵省を辞任したばかりの渋沢栄一が設立を主導し、総監役(のちに頭取)として経営の実権を握った。

民間資本による「合本主義」の体現

「国立」という名称が冠されているものの、実態は国営ではなく、国の法律(条例)に基づいて設立され、政府の紙幣整理や公金取扱を行う民間銀行であった。設立にあたっては、当時の有力政商であった三井組小野組が共同出資し、さらに広く民間からも出資者を募る「合本主義(株式会社制度)」が採用された。渋沢栄一は、個人の小資本を合流させて社会的に有用な大事業を興すというこの仕組みを重視し、第一国立銀行を日本における資本主義発達の先駆的なモデルとした。

条例改正と普通銀行への転換

当初、国立銀行は発行した銀行券と同額の正貨(金貨・銀貨)を常時保有し、兌換(引き換え)に応じる義務があった。しかし、多額の金準備が必要なため、当初設立された国立銀行は第一を含む4行にとどまった。そこで政府は1876(明治9)年に国立銀行条例を改正し、金貨との兌換義務を免除して政府紙幣での支払いを認めた。これにより士族授産のための華族・士族資本が流入し、国立銀行は全国に153行まで急増したが、同時に激しいインフレーションを招く原因となった。その後、1882(明治15)年に中央銀行としての日本銀行が設立されると、各国立銀行の発券機能は順次廃止され、第一国立銀行も1896年に営業満期を迎えて普通銀行の第一銀行へと移行した。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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