神護寺 (じんごじ)
824年成立
【概説】
京都府京都市右京区高雄にある高野山真言宗の寺院。和気氏の私寺を起源とし、平安初期に空海や最澄が活動の拠点としたことで知られる。本尊の木造薬師如来立像をはじめ、弘仁・貞観文化を代表する優れた仏教美術を今に伝えている。
和気氏の氏寺から密教布教の拠点へ
神護寺の起源は、和気清麻呂が建立した神願寺と高雄山寺に遡る。天長元(824)年、これら2寺が合併して「神護国祚真言寺(じんごこくそしんごんじ)」となり、定額寺(官寺に準ずる格を持つ私寺)に指定された。平安京遷都を強力に推進した和気氏との結びつきが強く、新都の安泰を精神面から支える象徴的な寺院であった。
平安初期には、唐から帰国した最澄や空海が一時的にこの高雄山寺(のちの神護寺)を拠点として活動した。特に空海は、この地で最澄らに密教の法を授ける「灌頂(かんじょう)」の儀式を行い、日本における真言宗(密教)の地位を確立するための重要な舞台となった。
弘仁・貞観文化を象徴する力強い薬師如来像
神護寺の本尊である木造薬師如来立像(国宝)は、平安初期の弘仁・貞観文化を代表する木彫仏である。
この仏像は檜の一木造(いちぼくづくり)で造られており、鋭く厳しい表情と、圧倒的なボリュームを持つ重厚な体躯が特徴である。衣服の皺には、波のうねりを表現した「翻波式衣文(ほんぱしきえもん)」が深く刻まれており、独特の神秘性と力強さを漂わせている。奈良時代の調和のとれた写実的な仏像とは異なり、新仏教の興隆期における厳しい宗教的情熱を体現した傑作として、日本美術史において極めて高く評価されている。