白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫
【概説】
1950年代後半からの高度経済成長期前半に急速に普及し、大衆から「三種の神器」ともてはやされた3つの代表的な家庭用電気製品。当時の主婦を重労働であった家事から解放して生活様式を一変させるとともに、テレビを中心に新たな大衆文化や娯楽を創出した。
高度経済成長と「三種の神器」の誕生
1950年代後半の神武景気を皮切りに日本社会は本格的な高度経済成長期に突入し、1956(昭和31)年の『経済白書』が「もはや戦後ではない」と宣言したように、国民の所得水準は急速に向上した。これに伴い、「消費革命」と呼ばれる旺盛な消費ブームが巻き起こった。その中で、庶民の強い憧れの的となったのが白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫の3つの耐久消費財である。これらは皇位継承の証である宝物に擬えて「三種の神器」と称され、豊かさの象徴として新中間層を中心に爆発的に普及していった。
家事労働からの解放と「生活革命」
電気洗濯機と電気冷蔵庫の普及は、単なる便利さの追求にとどまらず、当時の家庭におけるライフスタイルを根底から覆す「生活革命」をもたらした。それまでの洗濯は、タライと洗濯板を用いた重労働であり、冬場には特に過酷な家事であった。また、電気冷蔵庫が登場する以前は氷で冷やす木製冷蔵庫が一般的であり、食品の長期保存が困難であったため、主婦は毎日市場へ買い出しに行く必要があった。
これらの家電の普及により、主婦は長時間の過酷な家事労働から劇的に解放されることとなった。これにより生み出された余暇時間は、女性のパートタイム労働への従事といった社会進出を促した一方で、子どもの教育に熱心な「教育ママ」を生み出す一因ともなった。また、同時期に進んだ団地などの集合住宅の建設と相まって、近代的で合理的な核家族の生活様式が日本社会に定着する契機となったのである。
マスメディアの王座交代:白黒テレビの衝撃
白黒テレビは、日本の大衆文化と情報伝達のあり方を劇的に変容させた。1953(昭和28)年にNHKと日本テレビが本放送を開始した当初、テレビは非常に高価であり、街頭テレビや喫茶店などで群集が力道山のプロレス中継などに熱狂する形が主流であった。しかし、量産体制の確立による価格低下に加え、1958年の東京タワー完成、そして何より1959(昭和34)年の皇太子(後の明仁上皇)ご成婚パレードの生中継が決定的な契機となり、一般家庭への普及が一気に進んだ。
テレビがお茶の間に鎮座するようになると、家族全員が画面を囲んで同じ番組を楽しむという新たな団欒の形が生まれた。同時に、これまで大衆娯楽の王様であった映画産業は急速に斜陽化し、マスメディアの主役はラジオや映画からテレビへと完全に移行した。全国に同時に同じ映像情報が配信されることで、生活様式や流行、標準語の全国的な均質化も大きく前進した。
産業構造への波及効果と「3C」へのバトンタッチ
これら「三種の神器」の爆発的な需要は、日本経済を強固に牽引する原動力となった。家電メーカーのみならず、部品を製造する電子産業、ボディとなる鉄鋼・プラスチックなどの素材産業、さらには急速に高まる電力需要に応えるためのインフラ整備など、波及効果は広範に及んだ。これにより、重化学工業化を推進する日本の高度経済成長に強力な好循環が生み出されたのである。
1960年代半ばになると「三種の神器」の普及率は飽和状態に達し、日本社会の消費のターゲットは次なる段階へ移行した。1960年代後半のいざなぎ景気期には、カラーテレビ(Color TV)、クーラー(Cooler)、自動車(Car)からなる「新・三種の神器(3C)」が登場し、日本の大量消費社会はさらなる爛熟期を迎えることとなる。