ヨーロッパ共同体(EC) (よーろっぱきょうどうたい)
【概説】
1967年に西欧諸国の3つの共同体が統合して発足した地域統合組織。現在のヨーロッパ連合(EU)の前身にあたる。関税同盟の結成や共通政策を通じて域内経済の一体化を進め、戦後世界経済における巨大な極を形成した。
EC発足の背景と統合の進展
第二次世界大戦後のヨーロッパにおいて、戦争の惨禍を繰り返さないための平和構築と、冷戦下における米ソ二大超大国への対抗を目的として欧州統合の機運が高まった。1950年代に先行して結成されていたヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)、ヨーロッパ経済共同体(EEC)、ヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)の3組織が、1965年の統合条約(ブリュッセル条約)を経て、1967年に統合され「ヨーロッパ共同体(EC)」が正式に発足した。
ECは、域内における関税の撤廃や共通農業政策の導入を推進し、一つの巨大な共通市場の形成を目指した。当初の原加盟国はフランス、西ドイツ、イタリア、ベネルクス3国の計6カ国であったが、1973年にはイギリス、アイルランド、デンマークが新規加盟し(第1次拡大)、その後も南欧諸国が加わることで、世界経済における存在感を急速に高めていった。
昭和後期の日本とEC(日欧貿易摩擦)
昭和中期から後期にかけて、急速な高度経済成長を遂げた日本にとって、ECは北米市場に並ぶ重要な輸出先となった。しかし、1970年代から1980年代にかけて、日本の安価で高品質な自動車、カラーテレビ、工作機械、半導体などがEC市場へ大量に流入したことにより、深刻な日欧貿易摩擦が惹起された。特に失業問題や基幹産業の衰退に悩むEC諸国は、日本に対して「不公正な貿易」を行っていると激しく反発した。
この事態に対し、日本政府は輸出自主規制などの政治的解決を模索した。また、日本企業は高まる関税障壁や輸入制限を回避するため、イギリスなどのEC域内に直接投資を行い、現地工場を建設して生産活動を行うことで摩擦の緩和を図った。この動きは、日本の産業構造のグローバル化を促す契機となった。
多極化する国際秩序とEUへの発展
昭和の終わりから平成の始まりにあたる1980年代末から1990年代初頭は、冷戦の終結と東欧の民主化という激動の時代であった。この国際秩序の激変に対応するため、ECは経済統合のみならず、政治や安全保障における統合の深化を急いだ。1992年に調印されたマーストリヒト条約(ヨーロッパ連合条約)に基づき、翌1993年にECは発展的に解消され、より広範な権限を持つヨーロッパ連合(EU)へと移行した。これにより、通貨統合(ユーロの導入)や共通の外交・安全保障政策の構築といった新たな次元の統合へと進むこととなった。