消費税率引き上げ(5%)

1997年4月、橋本龍太郎内閣が財政再建を理由に、それまでの3%から引き上げた消費税の税率は何%か?
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【参考リンク】
消費税(Wikipedia)

消費税率引き上げ(5%)

1997年

【概説】
1997年(平成9年)、第2次橋本龍太郎内閣が財政構造改革と社会保障費の確保を目的に実施した、消費税率を3%から5%へ引き上げる増税措置。バブル崩壊後の脆弱な経済状況下で断行された結果、直後に勃発した金融危機と相まって国内消費を著しく冷え込ませ、日本経済を長期的なデフレーションに陥れる決定的な転換点となった。

財政構造改革と「六大改革」の背景

日本の消費税は、1989年(平成元年)に竹下登内閣のもとで税率3%として初めて導入された。その後、1990年代前半におけるバブル経済の崩壊により税収が激減する一方、度重なる巨額の公共事業など景気対策によって国債の発行額が膨張し、日本の財政状況は急速に悪化していった。

こうした中、1996年(平成8年)に発足した橋本龍太郎内閣は、急速に進行する少子高齢化を見据え、社会保障制度を維持するための安定財源の確保と、赤字国債への依存から脱却する財政再建を急務とした。橋本首相は「行政改革」「財政構造改革」「社会保障構造改革」などからなる六大改革を掲げ、その中核的施策として、1997年4月からの消費税率5%への引き上げを決定したのである。

増税の断行と重なった未曾有の金融危機

1997年4月1日、消費税率は国税4%と地方消費税1%の計5%へと引き上げられた。さらに政府は、増税と同時に所得税などの特別減税の打ち切りや、医療費の窓口負担の引き上げ(1割から2割へ)を実施した。これにより、国民の負担は単年度で約9兆円も増加することとなり、直後から個人消費は急速に落ち込んだ。

不運なことに、増税による実体経済への打撃と時を同じくして、外的要因が日本経済を襲う。同年7月にタイで発生したアジア通貨危機の影響が波及し、秋には三洋証券の破綻を皮切りに、北海道拓殖銀行山一證券といった日本の大手金融機関が相次いで連鎖倒産する平成金融危機が勃発したのである。増税による「消費の冷え込み」と、金融不安による「信用収縮(貸し渋り・貸し剥がし)」という二重の打撃により、企業の倒産や失業者の増加が深刻化した。

デフレ経済の幕開けと政治的トラウマ

1997年の消費税増税と金融危機の複合的なショックは、日本経済に不可逆的な変化をもたらした。この年をピークに日本の名目GDPや平均給与は下落に転じ、日本は物価が持続的に下落するデフレーション(デフレ)の時代へと突入することになる。事態の深刻さに直面した橋本内閣は、急遽方針を転換して特別減税の復活や巨額の公共事業による景気刺激策を打ち出したものの、市場の信頼を回復することはできなかった。

結果として、翌1998年(平成10年)の第18回参議院議員通常選挙で自由民主党は歴史的大敗を喫し、橋本首相は退陣に追い込まれた。この一連の経緯は、その後の永田町において「消費税を増税すれば景気が失速し、政権を失う」という強烈な政治的トラウマとして深く刻み込まれた。そのため、次に消費税率が8%へと引き上げられる2014年(平成26年)の第2次安倍晋三内閣まで、実に17年間もの長きにわたり、税率は5%のまま据え置かれることとなったのである。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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