水干

狩衣に似ているが、首元を紐で結ぶのが特徴で、庶民の日常着からのちに武士や下級役人の服となった衣装は何か。
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水干 (すいかん)

【概説】
平安時代中期以降に用いられた、日本の伝統的な男性用簡易装束の一種。元々は一般庶民の日常着や作業着であったが、時代が下るにつれて武士や下級役人の実用的な服飾へと発展した。

庶民の作業着から支配階層の服飾への変遷

水干の名称は、糊を付けずに「水で濡らして干した」だけの簡素な麻布で仕立てられたことに由来する。平安時代初期においては、主に一般庶民や下級の隷属民が着用する粗末な日常着(作業着)にすぎなかった。

しかし、平安時代中期から後期にかけて武士が台頭し、また実務を担う下級官人(地下人)が活躍するようになると、彼らの活動的かつ合理的なライフスタイルに水干の機能性が合致し、実用的な衣服として広く採用されるようになった。さらに院政期から鎌倉時代にかけては、公家や武家の子弟の元服前における童装束、あるいは貴族の非公式な平服としても定着し、階層を越えて広く普及していった。

水干の構造的特徴と機能美

水干の最大の意匠的特徴は、首元の仕立てと着用方法の多様性にある。首上(くびがみ)と呼ばれる丸首の襟の後ろから長く伸びた「紐」を、首の前で結んで固定する独特の構造を持っていた。この紐の結び方によって、活動時には首元を丸首(盤領)としてきっちり留め、平時には前をはだけて和服のように打ち合わせる(垂領)という、二通りの着こなしが可能であった。

また、生地の接合部を補強し、糸のほつれを防ぐために施された「菊綴(きくとじ)」と呼ばれる房状の糸飾りも、水干を特徴づける重要なディテールである。これらの実用性と装飾性を兼ね備えた構造は、のちに武士の正装へと発展する「直垂(ひたたれ)」などの武家服飾文化へと受け継がれていくこととなった。

増補 装束の日本史 (平凡社ライブラリー976)

古代から近代まで多様な装束の変遷を体系的に辿り、日本人の美意識と身体観の深層を解き明かす、歴史学の集大成。

日本服装史

縄文時代から現代に至る服飾の軌跡を網羅し、社会情勢や生活様式と連動した変容の過程を詳細に俯瞰する服装史の必読書。

最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

日本史一問一答(ランダム)

Q. 全ての民衆をいずれかの寺院の檀家とし、キリシタンでないことを証明させる制度を何と呼ぶか。
Q. 朱印船貿易の主要な渡航先の一つであった、スペインの拠点マニラがある現在のフィリピンを当時は何と呼んだか。
Q. 駅制とは別に、国司の赴任や公文書の伝達など、地方官庁の公務のために郡家(郡衙)ごとに馬を用意させた交通制度を何というか?