朝鮮人参

享保の改革において、輸入による銀の流出を防ぐため、幕府が種を配って国内での栽培を奨励した高価な薬草は何か?
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朝鮮人参

【概説】
東洋医学において極めて高い薬効を持つとされ、古来より珍重されてきたウコギ科の多年草。江戸時代、清や朝鮮からの主要な輸入薬種であり、その決済に伴う巨額の銀の海外流出が幕府財政および日本経済の大きな課題となった。8代将軍・徳川吉宗による享保の改革において国産化が試みられ、「御種人参」として国内での栽培技術が確立・普及した。

輸入依存と金銀流出の危機

江戸時代、朝鮮人参(高麗人参)は「不老長寿の霊薬」や「万病の特効薬」として極めて高い評価を得ており、熱病や衰弱死を免れるための最後の切り札として重宝された。しかし、日本国内には自生していなかったため、すべて清(長崎貿易)や李氏朝鮮(対馬藩を通じた交易)からの輸入に依存していた。朝鮮人参は非常に高価であり、その購入代金として莫大な量のが日本国外へ流出し続けた。新井白石が貿易制限を設けた「海舶互市新例」の後も人参の需要は衰えず、かえって密貿易を誘発するなど、金銀流出の防止と人参の安定確保は、幕府にとって経済・社会政策上の急務となっていた。

享保の改革と国産化(御種人参)の成功

この状況を打破したのが、8代将軍徳川吉宗による享保の改革である。吉宗は実学を重んじ、輸入依存からの脱却を目指す「殖産興業(輸入代替政策)」の一環として、朝鮮人参の国内栽培を計画した。吉宗は対馬藩を介して朝鮮から朝鮮人参の生根や種子を入手し、幕府の直轄薬園である小石川御薬園などで、本草学者の野呂元丈や阿部将翁らに命じて栽培・研究を行わせた。気候や土壌の適合化に向けた試行錯誤の末、日光などでの栽培に成功。この幕府から諸大名や民間に払い下げられた種子から育てられたことから、国内産の朝鮮人参は御種人参(おたねにんじん)と呼ばれるようになった。

国内への普及と日本経済への影響

栽培技術が確立されると、幕府は製法を書物にまとめて公開し、全国の諸藩に対して種子を分け与えて栽培を奨励した。これにより、会津藩、米沢藩、松江藩などの諸藩が、藩財政を再建するための有力な特産品(専売品)として朝鮮人参の栽培に注力した。国産人参が市場に流通したことで、それまで特権階級しか手に入らなかった高価な薬種が庶民の間にも普及し、日本の医療水準の向上に貢献した。何よりも、人参の輸入代替が達成されたことで、長年の懸案であった銀の海外流出が激減し、江戸中期の日本経済の安定化に大きく寄与することとなった。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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